経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

死にたい

わたしは毎日死にたいです。
理由は自分でもよくわかってないのですが、心当たりはいくつかあります。

わたしが壊れた、一番最初の理由は母だと思います。
母はわたしに対する束縛が強く、何かと行動を制限されてきました。一人で出かけることも許されることは少なく、友達とも連絡が取れず、縛られる日々を送っていました。
また、母は怒るとヒステリックになり、暴力まではいかないのですが、「バカ」「頭悪い」「クソ」などの言葉を浴びせられ、とても傷つきました。
束縛と暴言によって、わたしは自傷行為をするようになっていました。なんとなく、気持ちが楽になったので、死ぬほど辛いときはそうしていました。
ですが、先日、母に自傷行為の跡が見つかりました。なんでこんなことをした、と責め立てられ、正直に母の行動が嫌だったことを話しました。そうしたら、母も反省したらしく、少しずつ改善するように頑張ってくれている行動を見せるようになりました。

ですが、今度は母ではなく、自分のことが嫌になってきてしまいました。
自分が頑張っていないように見えてきて、惨めで怠惰だと思うようになりました。
そう思うようになったのは、塾を休んだことがきっかけだったと思います。塾に行かなければならないのに、なぜかずっと涙が止まらず行けませんでした。それまでは塾は全く苦痛ではなく、むしろ楽しく通っていたのですが、その日から4日間、塾のことを考えると涙が止まらない、ということが続きました。
その少し前から、楽しそうにしてる人を見ると涙が出るようになっていました。学校で話している人を見ると、自分も友達と一緒にいるのに「なんであの人たちはあんなに幸せそうなんだろう」と思い、自然と涙が流れていました。
最近では鏡を見ると吐き気がします。自分のことが嫌いで、醜くて仕方がないです。
自分のことが大嫌いになってから、また自傷をしようと考えた時がありました。ですが、母によって道具は捨てられていました。道具はないのに、わたしを家にひとりにしないようにしたり、母が家を出る時は弟に「お姉ちゃんのこと見守っておいてね」と言い残して出ていきます。そして、不定期で急に腕をまくられます。徹底的に遮断されています。
わたしは、自傷行為が出来ないのが辛いです。何故そこまでしてさせてもらえないのか、意味がわかりません。
毎日死にたいのに、逃げる方法が無いです。
以前は趣味もありました。ですがそれも、今は全く楽しく感じないです。苦痛でしかないです。ゲームをやっても楽しくありません。もうどうすればいいのかわからないです。
友達も、客観的に見れば仲の良い部類に入るような子もいますが、その子も信用できません。好きといえば好きですが、大好きとまではいきません。
恋愛も、うまくいかない以前に叶わないものなので辛くて仕方がないです。絶対に叶わないとわかっているのに、どうやっても諦められない自分が憎いです。
もう毎日死にたいしか考えられないです。何をやっても上手くいかないし、逃げ道もないし、もうどうすればいいのか分からないです。

感想1

読ませていただきました。色々なことを制限され、形を変えながらずっと強い力で縛られているあなたの苦しさを感じています。自傷行為があなたにとっては少しでも自分が楽になる行為≒唯一自分を助けてあげられる方法だったのではないかなと思います。唯一の自分を助ける方法を、怒られ、責められ、遮断されたら、本当にどこにも逃げ場がないような気持ちになり苦しさが増すように感じます。

母親さんが怒るとヒステリックになり、酷い言葉を浴びせられることは誰にとっても、特に子供にとってはとても傷つくことだと思います。身体にあざやすり傷はできないかもしれないけれど、心にはとてつもない傷がついて残る。それは紛れもなく言葉の暴力ではあるのではないかなと思っています。

ずっとあなたの行動を常に監視されているような緊張感だけでなく、母親を怒らせないようにビクビクしてしまったり、元気なふりをしなければならなかったり、自由や安心とはかけ離れた緊張感が小さな頃から続いているのではないかな、と想像しています。もしかしたら、母親が怒った時や小さなことでも「自分のせいだ」とご自身を責めてこられたりもしたのかもしれません。塾を休んだことで自分が嫌になってきたのはどうしてだろう。塾よりも、あなたの心や体の方がずっと大切なのになあ。

なぜか涙が止まらない、というのもあなたの心のSOSだと私は感じています。どうしたらあなたが少しでも楽になれるのか、安心を感じられるのか一緒に考えたい気持ちでいっぱいです。

一番近しい家族や友人に、嫌いなど辛辣な言葉を言われたらとても傷つくものですが、自分にとって一番近しい存在とは自分自身であるという言葉を思い出しています。一番近しい存在、自分自身に辛い言葉をかければかけるほど、自分が思うよりもダメージは大きいもので、「辛いね、苦しいね、涙が出てしまうんだね」と優しい言葉をかけていてほしいなと思ってしまいました。(なかなかそれも難しいほどの気持ちになっているだろうか。)

母親さんに自傷行為がバレた時、本当はどんな言葉をかけて欲しかったんだろう、どんな言葉だったら、あなたが辛くならずに済んだのだろう。

あなたの心と体が大切なことには変わりありませんから、傷が残らない代わりの方法を試してみるのはどうかなと考えています。例えば、赤いペンで手首に線を引く、氷をギュッと痛くなるまで手で握り締めてみるなどの方法があります。少しでもあなたにとって、気持ちが落ち着く方法が見つかればいいな‥。

死にたい気持ちを持っていても、自傷行為をしてしまっても、自分を責めなくて大丈夫。またこちらに本当の気持ちをいつでも書き込みに来てください。

感想2

「わたしが壊れた」という言葉が印象的でした。あなたの中で、それまでに持っていた自分の様子が変わっていったり、「自分」だと思っていたものが手からすり抜けていってしまったりといった、アイデンティティの崩壊があったのかなと想像しました。

制限の多い生活、心無い言葉を一番身近な存在から向けられることに耐えてきたあなたは、目には見えなくても少しずつじわじわと「自分」を削られていたのかなと感じました。そんな生活の中で、自傷行為は「自分」を確認する手段だったり、制限をすり抜けて自分の意思で選択できるものだったりもしたのだろうかと思いました。

母に気持ちを伝えたことでこれまでの縛りがやや和らいだのかな…と感じた一方で、その「変化」があなたにとってはっきりと「安心」に繋がってはいなさそうなのが気にかかりました。ずっと我慢してきた・「そういうもの」だと捉えていた前提が急に違う角度になることの戸惑いもあるのかなと思いましたし、あるいは今まで気にしていなかった面に思いがけず光が当たってしまったような、そんな状態でもあるのかなとイメージしました。加えて自傷行為という、あなたにとって少しでも気持ちが楽になるものに対しての制限が始まってしまったのはやるせなく思います。私は、あなたの身体が傷つくことを容認したくはないですが、それ以上に、あなたの心が生きるために必要な拠り所が問答無用で取り上げられてしまうことも認めたくはないなあと感じます。

読みながら、「揺らがない自分」なんてものは存在しないし、「揺らがない人間」も存在しないよなと、そんなことを不意に思いました。今自分がいる世界にあるものが全てではないし、同時に「このやり方は間違い」と未来永劫決まっているものもないと私は思います。
投稿者さんが思うやり方や、率直に感じることをリアルの世界で外に出すことは中々難しいのかもしれませんが、今回のような形で表現してもらったものに言葉を返すやりとりによって、身近な現実や社会から押し付けられるものをわずかでも振り払い、逃れられたらいいなと思います。

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