経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

何もかもちぐはぐ

職場復帰してから10ヶ月ほど。
寒くなると同時にうつ状態が重くなってしまった。面談の結果、適応障害から鬱になっているらしい。
適応障害になったのも冬だったから、やっぱりどこか弱くなったんだなと思う。

最近、色んなもの・人に不安を感じてしまう。
有給なんてとっくに使い切ってしまったのにいつもどこが微妙に悪い。でも、頑張って出社できてしまうもの。
会社に行ってもほとんど喋らないし、自分がいなくても回るのだからいらないんじゃないかと考えて消えたくなる。ずっと帰ることしか考えてないし。
休むと決めても連絡が嫌で。
病院に行っても身体の異常は何もないしこれ以上、薬を増やしたくない。
『大丈夫?』には『大丈夫じゃない』
『無理しないで』には『もうとっくに無理』と返したくなるのを抑えて返事をする。
あれはだめ。これはしたくない。
自分にバツをつけまくった結果、何がしたいか分からなくなった。
ただひたすらに空っぽで。
それを埋めようとなにかすれば嫌になって。
考えるのをやめれば不安にのまれて。
どうしたらいいんだろうね

感想1

私は『大丈夫?』と聞かれたら、大丈夫ですともはや反射で答えちゃいますし、『無理しないで』と言われたら、わかりましたと言いつつ無理して続行しがちです。大丈夫?無理しないでが心配や配慮から来る言葉であることはわかっていても、その言葉に対して返せる言葉の余地はかなり狭いと私は思っていて、それらの言葉が時に救いにも重荷にもなり得ることを再確認しました。そんなことを考えていたこともあり、それらの言葉に対してあなたの返したくなるという言葉が、私にはなんとも痛快に感じられました。
あなたとしては、感じていることと、実際の発言や行動が合致していない感じに、もやもやとした感覚を抱いておられるのかなと思います。確かに見ようによってはちぐはぐと言えなくもないのかもしれませんが、私にはそのちぐはぐさを、実は他者に対する誠実さとも言い表せるような気がしています。いろいろな事情を考慮し、自分の感情や欲求はあるけどそのまま表出しない⇒これって相手を慮ってるな、なんだか誠実だな、なんて思いました。
だから私は、あなたの言うちぐはぐさも受け止めたいなって思いましたし、でもそのちぐはぐさに苦しんでいるのなら、今よりもうちょっとだけ感情を表舞台に立たせてもいいのかな、などと思いました。

感想2

重たくなる身体を感じながらも、「嫌だけどできてしまう」という日常に苛まれつつ、どこか所在なく過ごさなければいけない日々にほとほと疲れ果てているような投稿者さんの姿を想像していました。

鶏が先なのか、卵が先なのかではないですが、仕事での心身の負担、そして季節的な変調も重なっているうつ、そのどちらもが「こちらが先というわけではないけれど」といった具合に相互に影響し合い、投稿者さんの身体に重くのしかかっているように思えました。

それは、元を辿っていけばなにかハッキリとしたものがあるのかもしれませんが、どこかそういった感じでもなく、どことなく漠然と、ただじわじわと実感を伴って投稿者さんが社会や日常から追いつめられていってるように文章を読ませていただいて想像していたところです。

なんだか判然としないようなそれらの不調は、病院に行っても状態や思っていることを説明したり、伝えたりする以上の言葉を紡げずに、様式美的とさえ捉えられるような質疑に対して、ただ「大丈夫」と答えるしかないぐらいに力を奪われていることでもあるのかなと感じました。

ただ、現状やそこに向き合う自分の気持ちも迷走しつつ、「空っぽ」とさえ感じる空虚な気持ちたちに対して、「大丈夫じゃない」「もうとっくに無理」というハッキリとした否定や拒絶の意思が投稿者さんのなかにあることにどこかホッとした私がいます。

というのも、それらの気持ちは色々考えていった先に自分でもよくわからなくなっている気持ちや考えたちと比べて、唯一明確に投稿者さんのなかで意識して把握できている気持ちや思いに私には見えたからです。それらの気持ちの外郭を表した言葉たちは、表層的には一言で表せるわかりやすくデフォルメされたものなのかもしれませんが、その奥にはきっとこれまでや今の投稿者さんの様々な思いが込められているような気が私にはします。向き合えば解消される、楽になれる、そんな簡単なことではないのかもしれませんが、今あるハッキリした気持ちや思いを辿って、自分のなかの声に耳を傾ける時間があってもいいのかなと思いました。

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