経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

こっちに居るのはむつかしいね

私の時間は7歳で止まっています。早々にこっちの世界を諦めちゃったんですね。原因は、忘れちゃいました。「出ていけ!」という声や「鶏以下だ」と罵る声みたいな、嫌な記憶は確かにありますが、多分それらは直接的な原因じゃなくて。もしかしたら原因なんてなくて、私がおかしいだけかもしれませんし。
それで、私の生きづらさを引き起こすのが、まさに「時間」なのです。
私には世界がふたつあります。ひとつは「こっち」で、もうひとつは他の人には見えない「あっち」。あっちの方で、私はいろいろなものを観測します。とても楽しいです。でもずっと見ていたら、こっちの時間は何もできないままどんどん過ぎていきます。だから気づいたら、7歳のまま大人になってしまいました。一日がもっと長ければこっちで勉強して、運動して、仕事して、ご飯たべて、お風呂入って、しっかり全部やってからあっちへ行けるのに、と何度も考えました。時間がないからいらいらするし、不潔だし、不健康だし、だめな人になっていきます。
このままじゃいけない、とあっちの世界を捨てることも以前考えました。でもすぐにそれが不可能だと分かりました。どうやら私の本体はあっちにあるようで、ずっとこっちにいたら自分の全てが制御できなくなります。耳は勝手に酷いことを喋り始めるし、みんなの目から「悪いの」が出てきます。悪いのに実体はありませんが、確かに人と目を合わせると同時に彼らと見つめ合うことになるのです。そうなると、私はわけもわからず恐怖に食べられてしまいます。この状態の私は何も信じないし、本来どうでもいいことで傷つくし、おかしな行動を取ったり周りの人達に攻撃的になってしまいます。これらはあっちへ行けばすぐ落ち着きますし、やっぱり楽しいのでもう捨てたくないなと思います。
あっちは楽しいけれど、身体がこっちにある以上、こっちを捨てることができないので、やはり時間がなくて、実年齢を重ねるごとに私は焦りを感じました。そして高3の夏、耐えかねた私は自死を選ぼうとしました。結局計画性のなさと恐怖で死に損なったので今も生きています。もう二度としません。
色んな体験をして、私は多分普通の状態ではないと自分で思います。専門家の意見が聞きたくてカウンセリングを受けたことがあるのですが、カウンセリングそのものが怖くなってしまい、何も改善しないまま行かなくなってしまいました。病院への受診をするべきなのか周りに相談もしましたが、うまく説明できないのと、一見私は「普通」にみえるらしく分かってもらえませんでした。現状この問題については、また死にたい感情が強くなったら助けを求めればいいやくらいに捉えています。
今私には、こっちでやりたいことができました。私の世界のことを作品にして人々に「覗いて」もらいたいです。そのためにはお金が必要で、実家に居座りながらアルバイトをしています。仕事で失敗したり、バイトで手一杯でやりたいことができなかったり、凹みっぱなしの日々ですが、まだ笑っていられるくらいの余裕があります。現在心配なのは、もし解雇されたら次はどこで働けばいいのかくらいです。
ただ時々、未来のことを考えて恐ろしくなることがあります。相変わらず「あっち」ばかり見ていて、進学も就職もせず、安定した収入が得られない状態がずっと続いたらどうなってしまうのか。ここは高校卒業前にもっと考えるべきだったかな、と思っています。

感想1

あっちの世界とこっちの世界、二つの世界を行き来しながらあなたなりに生きている様子を興味深く読みました。専門家がどういうことを言うかわかりませんが、あなたにとってあっちの世界が必要だからこそその世界があるはずで、可能な限り二つの世界を自然に受け止めたいという気持ちになりました。ただ、二つ世界があることが苦しみをもたらす様子も書かれていたので、簡単にそれでいいと伝えることも気が引けます。
そして、二つの世界があることの問題は「時間」だと書かれていることに注目してみました。私のイメージと理解では、あなたはこっちの世界での自分を保つためにあっちの世界で過ごし、何かをチャージしているように思えました。その充電の時間が必要なので、時間が足りず、あっちの世界で過ごす分だけ、こっちの世界で要求されるスピードや時間の流れについていけなくなるということなのかなと思っています。もし、その理解でそんなに間違っていないとすると、もう少し年齢や時間のスピードの多様さが認められてもいいのではないかと私は感じました。最近、性別も男女の2つではなく、一人ひとりがオリジナルの性別があると言ってもいいほど、グラデーションだとされていますし、発達の凸凹や繊細な人たちなど神経が感じ方が人と異なる個性があることをニューロダイバーシティという言葉も出てきて、多様なあり方が少しずつ認められるようになっています。それと同じく、人の成長や時間の感覚もかなり人によって異なるように思うのです。私は子どもの頃に暴力や抑圧に晒され、不安や緊張が多く、自分の意思を発揮できなかった時代がある若者たちと話をしたときに、そうした自分の意思を発揮できずのびのびと過ごせなかった期間は実年齢から引くことができるといいのにと話したことがありますが、それを思い出しました。あなたのペースにあった成長や時間で周囲と比較して焦ったりせずに生きることを認められたら、あなたの苦しみは違うのだろうかと考えました。もし、そうなら、あなたの苦しみはあなたの問題ではなく、社会のあり方や仕組みにあるのだろうと思います。物理的な時間は誰にとっても平等ですが、その平等が一人ひとりの個性や環境の違いにとってはハンディにもなりうることを改めて考えました。
最近、こっちでもやりたいことができたとのこと。あなたが少しずつ折り合いをつける方法を見つけたのか、それともあなたの時間を理解してくれる環境があるのか、その両方なのか…と思いを巡らせています。また、あなたの世界を教えてくれると嬉しいです。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。
他の人には見えないけれど、確実に存在する「あっち」の世界は、あなたにとって心の支えであり、とても大切な場所だということを理解しました。
「あっちの方で、私はいろいろなものを「観測」します」と書かれていましたが、どんなことをして過ごしているのだろうと興味が湧きました。

7歳という年齢は、あなたが「こっち」の世界に見切りをつけた節目でもあるのでしょうか。
文章を読むと、いまのあなたにとって、原因を追究することはそれほど重要ではないような印象を受けました。それよりも、刻々と進む「時間」とどう折り合いをつけるか・・目下の悩みであることが伺えました。
一日は長いようで短いなと、お返事を書いている私も日々感じています。
楽しいことや夢中になれる時間はあっという間に過ぎてしまうのに、やらなければならないことや億劫なことは、不思議と長く感じたりします。人が時間をどのように体感しているか、よく考えると不思議だなと思います。
また、「時間」について語ろうとすると、「もうこんな時間」「あんなに時間があったのに・・」といった言葉が浮かび、どこか後悔や未練のような感情を伴うことが多いように思います。

自分の生きづらさを引き起こすのは「時間」であると書かれていましたが、あなたがいうところの「時間」を言い換えてみると、「生きていくには、こっちの世界でちゃんとした大人にならないといけない」という不安やプレッシャーがあるように私は感じました。
こっちの世界は、同調圧力や、「こうあるべき」といった価値観がいたるところにあって、私自身も住人でありながら、なかなか息苦しい世界だなと感じます。
わけもわからず恐怖に食べられそうになる瞬間は、想像するにとても恐ろしいですが、勝手に酷いことを話す耳や、みんなの目から出てくる「悪いの」は、あなたの息苦しさの表れでもあるように思います。
そんな中で、あなたが悩みながらも「あっち」の世界を大事にしていることは、私もなんだか救われるような思いでいます。

未来のことは誰にも分かりませんが、「あっち」と「こっち」を行き来しながら、どうにか生きていく術はあるのではないかと私は思っています。
あなたの作品にどこかで出会えることを楽しみにしています。

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