たった一人の家族の母が末期がんで緊急入院したがすっかり弱って「家に帰りたい」「体良くなるよね」と言って私も「帰れるよ」「きっと良くなるよ」と励ましてるけど主治医から「もう癌でどうとかより老衰に近い」ナースも母の今後と私の負担と生活(もう何年も要支援で仕事に付かず母に付いて支援してたので再就職を)を考えて積極治療から緩和ケアの療養病院への転院を勧められ確かにもう私がどう頑張って家で介護しても母にも苦しみ増えるし経済的にも生活出来なくなるのが分かるから療養病院への転院方向で動き始めたけどあれだけ「家に帰りたい」と言ってる母をよりにも寄っもっと遠い病院に送ることになる事が母への裏切り行為にしか思えず自分の選択に罪悪感と嫌悪感と悲しみがぐちゃぐちゃになって涙が出る…今日も見舞いに行くけどどんな顔して会えばいいんだ…毎日毎日昼も夜も何もしてない時は衝動的に自殺衝動出るしこのまま母が万が一のことがあったらこれから先何のために生きるのか?何をやっても(母に料理作ったりして喜んでくれるだけでうれしくなってた)達成感も喜びを得ることも無いだろうし…これを書いてる今も涙がずっと出てる、入院費等のことでも胃が痛くなってるし療養病院に転院しても仕事の休みの日は何があっても見舞いに行くけどきっと今まで以上に会えない分余計に精神的には不安定になるんだろうって思ってる…最近はその日あったことや感情を手記に書いてるけど死ぬたいって文面が書かれない日はない、思っていた以上に私は寂しがりやでメンタル弱かったんだな…
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自己嫌悪で潰れそう
感想2
母親さんとの関係性の深さの分だけ離れることを想像したときの強い寂しさが死にたい気持ちとともに痛いほど伝わってきました。この投稿をしてもらった日のお見舞いはどうだったんだろう…と思いましたし、今こうやって私が感想を書いているこの時間は何を思っているんだろうと自然と想像してしまいます。私自身もこの1年は80代の母親の手術が重なり様々な難しさを感じているところでした。こういった介護や入院、転院、入所、さらに治療費が関係すると本人の意思とは別に…という状況が出てくるのでなかなか難しいですね。
「家に帰りたい」という希望を持っている母親さん自身は今回の転院をどのように受け止めるでしょうか。もしかしたら母親さん以上にあなたの方が離れたくない、家に居させてあげたい思いが強くて、その状況を受け入れられないのかもしれませんね。母親さんの生活や治療、そしてあなた自身の生活、それぞれが別々に成り立っていく方向に舵を切った今。あなたは何とかそれを受け入れなければと必死に1日1日を生き進めているようにも思えました。自己嫌悪で潰れそうになりながらも手記に書き起こして心の対話をしていることもまた、1日1日を生きる大切な時間のように思えます。あなたが投稿してくれた思いを私なりに感想として書かせてもらいました。この時間は私にとっても自分の母親との関係性を考えさせられる時間でした。投稿ありがとうございました。
お返事
感想読ませていただきました、読んでる間ずっと涙が止まりませんでした、あれから私の精神状態は更に悪化し福祉センターから早く精神科にかかるように言われました…、母の病状もたった一ヶ月で更に悪化し1月2日には黄疸、腹水で食事がほぼ取れない等でもう終末期になったと言われました、私の精神状態は余計に追い詰められ少々危うくなっております、自身で調べると微笑み鬱の症状にかなり近く自傷行為他の行動も取っているしストレスで血圧が跳ね上がってしまう日もあります、母の元に2日に1回のペースで見舞いに行ってますが行く度に弱っていく母を見るのがつらく悲しいです、私も生活を立て直す為にハローワークで紹介してもらった会社に履歴書を送りましたが履歴書返送で面接もお断りされてその日からも精神がよりおかしくなりました…、月曜にハローワークへ向かい新たな紹介を受けるか窓口で現在の精神状態を伝えて対応を聞くかハローワークで紹介してる無料の職業訓練を受けれないか聞いてみようと思っています、母の事を少しずつ諦めつつある自分の事がより一層大嫌いになりました、まだ母は存命の状態でこの有様です…この先どうなるのか自分でももう分からなくなりました、もう私に出来ることは毎日仏壇を拝んで母のことを頼んだりほぼ毎日地元の神社に参拝して祈る事のみです…、毎日涙が出ない日は無いですし、もう私は色々こわれているのでしょうかね…、ひとりぼっちで相談相手無しっていうのは危険ですね、私のような苦しみを味わう人が一人でも癒される世の中を望みます。
感想1
介護も、弱っていく姿を見ることも、選択の責任を背負わざるをえないとも、自分の生活を維持していくことも、いろんな事がのしかかっている状態を想像して、心身ともに潰れてしまいそう、そう率直に思いました。タイトルにもあったように、特に、選択の責任を背負わざるを得ないことのしんどさについて思いを巡らせていました。自分のことならば、自分が責任をとればよいだけだ、と思えることもありますが、自分のことではないことを選択しなくてはならない、そしてそれが重要な場面であればあるほど、また大切な存在のことであればあるほど、「その選択が正しかったのか?」「これで本当に良かったのか?」と考えずにはいられないと思うのです。きっと、どんな選択をしても、最善の選択をしていたとしてもそういった考えは頭からは離れてくれないのかもしれません。「家に帰りたい」という母の願いを叶えられないことにこんなにもあなたが罪悪感を抱くのは、それだけ母親さんにとって何がよいかを一生懸命に考えている証でもあるのかな…と思う私もいました。そうだとしても、自己嫌悪や罪悪感で潰されそうな状態は本当に辛いことだとも思います。1人でずっと背負ってきたいろんな荷物をこうやって誰かに伝えたり吐き出すことが、一瞬荷物を下ろしたり、一緒に背負える時間となる時もあるので、人に伝えることをぜひ続けてほしいと思いました。投稿ありがとうございました。