経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自分で自分を悪者にしてしまう

自分は悪いことをしていないのに、相手に強く言われると悪いことをしてしまったのではないかと思ってしまう

上司の高圧的な態度、意見を封じる大きな声、強い言葉耐えられなくて辞めることにした

退職届出した瞬間から今までの会社への恐怖が襲ってきて会社には行けなくなってしまった

それでも会社からは無理やり会社に来いと言われた
お前が仕事をしないから会社が迷惑している。お前のやったことは犯罪行為だ

そんなメールが何度も届いたので、自分は犯罪者なんじゃないかと思ってしまった

悪いことはしていない。
だから自分を犯罪者なんて思う必要ないし、責める必要もない。

なのに上司を怒らせてしまったことや怒られている状況に耐えられなくて、また自分を責める

自分を責めるのが手っ取り早いのも分かる。
そんなことをしても何も解決しないことも分かる。

なのに何度も自分を責めて、苦しくなっている。
どうしたら自分優しくなれるのだろうか。

感想1

タイトルや文章からもあなたが自分の思考を整理しようとしていることが伝わってきます。これまでも何とか自分を保とうと何度もそうしてきたのかなと想像しました。にも関わらずどうしても自分を責める声が頭の中に浮かぶのは、上司や会社の意見に自分の思考を奪われかけていた証拠ではないでしょうか。洗脳とさほど変わらない手法で社員を従わせる会社は世の中にまだあるのだと思います。退職届を出した後はホッとしそうなものです。それなのにさらに強硬な言動を突きつけられて、逆に怖さが襲ってきた状況は今まであなたが身を置いてきた支配的環境を顕著に表しています。支配下にある時はしんどいけれど、従っていることでその場は危険を最小限にできます。(その分どんどん心が蝕まれますが)しかし支配から外れる(今回で言えば退職の意思を示す)ことで危険の予測がつかなくて怖さがさらに襲ってくる…そんなイメージが私に浮かんできました。DVやストーカーなども同じような構造だと私は思います。あなたが退職を選んだこと…私は良かったなって思いました。もう退職届を出したので会社からの連絡に返答する必要はないと思ってしまいます。あなたを支配しようとするものとつながっている限り屁理屈で巧妙に責められるので、思考は変わりにくいかなと思います。
今回はあなたの考えをこうやって投稿してくれました。死にトリにたどり着いてくれたので、もしかしたら会社に関わらずしんどい思いを抱えているかもしれません。こうやって誰かと言葉を交わすことそのものが自分を労ったり、心を休めたりすることにもつながりそうです。
時間はかかるかもしれませんが、環境から離れることであなたをさらに取り戻せたらいいなって思います。投稿ありがとうございました。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。“自分は悪くない”と頭では理解しているのに、身体のほうが強い声に押しつぶされてしまうような、どうしようもない反応が滲んでいるように私は感じました。高圧的な態度や大声で意見を封じられる環境に長くいると、たとえ理不尽でも“自分が悪い”という回路が勝手につくられるものなのかなと思います。職場に限らないとは思いますが、場の力の差(パワーバランスの偏り)や、声の大きい側が無意識に支配していってしまう状況は出来上がってしまいがちで、でもそれは個人に問題があるわけではなくて、構造的な問題だなと改めて考えていました。
退職届を出した途端に押し寄せてきた恐怖も、その構造から解放されかけた瞬間に反動のように噴き出したものに私には見えました。そこへ追い打ちのように「犯罪行為だ」と繰り返すメールが来れば、事実とは違うと分かっていても、心が揺れるのは自然な反応だと私は思います。
自分を責めてしまうことも、環境に適応するために身につけてしまった生き延び方でもあって、急に手放せるものではないのかもしれないなと思ったりもしました。だから「どうしたら優しくなれるか」という問いも、優しくなる方法を探すというより、まずは“自分が萎縮せざるを得なかった時間”があったことを自分の中で少しずつ認めるというのか整理していくことが必要なのかなと…。何も解決しないと分かっていたとしてもそう簡単に割り切れるものでもないからこその苦しさがあると思いますし(私もよくそこでぐるぐるしてしまいます)、また気持ちの揺れ動きを一人では抱えきれないなって感じた時などはいつでも死にトリを活用してもらえたらなと思いました。

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