経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自分なんか。

私はこの世に生まれました。生まれて出てきた世界は過酷でした。父親は常に暴言暴力をして、母親は父親からは守ってくれましたが母親の地雷を踏むと暴言暴力の嵐。弟も産まれてすぐに両親は私が小学生低学年の頃離婚。そのあとは父親は借金を母親に押し付けて、母親は支払うはめになりました。当時小学生低学年で生まれてまもない弟を面倒を見て母親は朝から深夜まで仕事を掛け持ちして私たちを1人で育ててくれました。ですが、現象は辛かったです。いくら働いても、お金はすぐに返済や家賃で消えて、借金に借金の連鎖。子供の学費や給食費は払えず、税金を滞納。家のポストは督促の手紙ばかりでした。
祖父母にも見捨てられました。祖父母の家は出禁。来るな。お前は娘じゃない。お前は精神病だ。と母親に強くあたり、母親も泣き崩れるほど言われてました。祖父母は私たち孫のことを実の孫だとは思ってないらしく、ランドセルやお祝いなどは一切ありませんでした。当然他に頼れる手も無く、母親も辛かったと思います。何かあれば私に八つ当たりをしてきて、お前はいらない。お前のせいだ。と散々言われました。そんな毎日でした。それでも女手一つで育ててくれた母親には感謝の気持ちでいっぱいです。
時が過ぎて、私は初めての感情を持ちました。それは人を心から守りたいと思う気持ちです。弟を守りたい、ずっと一緒にいたい。という気持ちは弟が生まれてからずっと待ち続けていました。弟はもっと辛いことに障がいを持って生まれてきました。1人でなにもできず、親族にお祝いもしてもらえず、可哀想でした。自分より辛い思いをしてる弟を守りたかったんです。ですが、今回初めて抱いた気持ちは全く違うでした。初めて心から弟以外の人を守りたいと思うようになったのです。それの人は弟と同級生の子です。その子は私と同じ環境で、両親は離婚して母親は昼間は寝て、夜になったら夜の街に遊びに行き、夜明けまで帰ってこない環境だったらしいです。たまに一緒に夜の街に行きクラブやホストに行ってたらしいです。年齢制限をしてる店に連れてかれたかもしれません。当然夜は家でお留守番。決して裕福とは言えない家庭だったそうです。それを聞いて私は、私みたいな環境の子がこの世にもいるのだ。とびっくりしました。弟と同級生だったことから年下でその子は一人っ子で私みたいに兄弟もいず、寒い夜のくらいしーんとした家の中で私みたいに肩を寄せ合う兄弟もいなく、1人でとても寂しかったのだろうと強く心打たれました。そして1番心打たれたのは、その子の笑顔です。自分より辛い思いをしてるのに常に笑顔で溢れて、マイナスのことで溢れてるのにそれを笑顔でプラスにする精神にすごく心打たれて、人生に疲れて自殺をしようとしていた時にその笑顔を見て勇気づけられて、自殺をやめて自分もマイナスをプラスにするようになりたい。と思うようになりました。その日からその子に心奪われて、帰り道バッタリ会っては話して帰るなどをして、イベントの時期には自分の少ないお小遣いやお昼ご飯代を貯めて、クリスマスプレゼントやバレンタインをサプライズで渡しては飛び跳ねて大喜びしてくれてとても心が救われました。この子の笑顔があればなんでもいける。心から守りたい。ずっと一緒にいたい。と思い生きる希望そのものでした。次第に恋心が生まれてきて、将来必ず幸せにしてあげよう。だから今できることをしようと思い、容姿や今やるべきことをしっかりこなそう。と生きる希望から将来の目標に移り変わり完全に恋心を奪われました。
これこそが生まれて初めての感情になったのです。
ところがその子が卒業式を迎えて進学をするのに一つお祝いと日頃の感謝と恩返しの気持ちとして、シャーペンやノートや多機能ペン、ハンカチ、お菓子を詰めたサプライズプレゼントを渡そうと準備をしていました。いつも帰り道会う場所が大体決まってます。ですが、急に全く会えなくなってしまったのです。風邪ひいて休んでるのかな?と思い連絡してみました。それでも一向に既読もつかず心配になりました。でも周りに聞くと学校では元気にしていると聞いてホッとしました。卒業お祝いしよ!って周り伝えで伝えてもらうと、「私からはもう貰わない。」と一言だったらしく、それ以降会えなくなり連絡も繋がらなくなり、心込めて詰めたサプライズプレゼントも完成したまま今ではタンスにしまっています。それ以降何度も自問自答で自分で自分を見つめ直して、何か気を触ることをしたのか。結果なにも出てきませんでした。話したことをいつも幸せ日記につけていたのですが、ずっと笑顔で溢れていたので、もしかしたら隠していたのかもしれません。それを考えてると、なんて自分は酷いことをしてしまったんだろう。と自分で自分を責めて次第に何もできなくなりました。腕にはリストカットの跡だらけで、「死んで償え!」って心に言い聞かせて切り込みを入れてました。何度も死のうと思っても、苦しくて死ねない。そんな自分の甘さにひどく落ち込みました。いつも波があり、夜に死にたい気持ちが強くなります。特にしまってあるプレゼントを見たり、プレゼントに詰めた同じハンカチやシャーペンを見ると心が辛くなります。辛くなるとリストカット少し落ち着いたらまた辛くなりまたリストカット。その連鎖でした。いつも心で私は罪人だ。死刑だ。罪を償わなければ。思ってました。夢の中でも、周りの人に死ね死ねと言われたり、希望をくれた子に早く死ねよ。と言われたり、リストカットしてる時に笑ってざまあみろ!と言われる悪夢をみました。ある日母親にリストカットの跡を見られて、ひどく怒られました。親からもらった身体を傷つけるな。と
あなたからの生んだ命で私は人を知らずの間傷つけてしまってるんだ、自分なんか産まなきゃ良かったのにと思いながらも、私はただ黙るしかありませんでした。
そのあとは生きた心地がしなくて、ある日母親が連れて行ってくれたのは大きな神社でした。昔からずっと来たかったらしく、ここで私は神様にお願いをしました。「どうかもう一度あの太陽のような光でまみれた笑顔を見せてください。ずっと一緒に居たんです。」と、帰りにお守りを買おうとしたら期間限定の心願成就のお守りがありすぐ購入しました。それは神在月限定のお守りで数少ない限定のお守りでとても嬉しかったです。それ以降縁結び系の神社を巡ってはお守りを買い、ある神社の崇敬会にも所属しました。今では崇敬会の会員限定のご祈祷時の球串をお供えできるのが唯一の楽しみで、心で「生きていれば必ず夢は叶う。また笑い合える。一緒にいられますように」とお祈りしてます。
ですが、夜暗くなると心が辛くなることもあります。リストカットもいまだにしてます。ですが、神様が見てくださってると思うと心が軽くなります。今はお守りを集めるのが趣味の一つです。そのお守りを見て、気持ちを入れ替えてます。ですが、本当にこの生きる道にあの子が居るのかすごく心配です。今は距離ができているので、自分の気持ちとこの先をどうすれば良いのかいつも考えています。まだその子に私の本当の心のうちを話せてなく、話せてないのに、距離ができてとても辛いです。自分なんか早く死ねばいいのに。と日々思っています。

感想1

この世に生まれ出てから、感情が絶えずぐらぐらと揺らぎ、安心と不安、救いと絶望を目まぐるしく行ったり来たりしてきた様子が伝わってきました。それは辛い気持ちを押し殺して喜びを見つけようとしているからなのか、大前提として生きていることへの落ち着かなさがあるのか…などとあれこれ想像を膨らませながら感想を書いています。

暴言や暴力が当たり前のようにあり、前に進もうにも思うようにいかない苦しい日々は、あなたの心に死にたい気持ちや無力感を芽生えさせるには十分すぎる環境だろうと感じました。辛くなっても、その気持ちのやり場がない寂しさもあったのではと想像しています。そんな中、自分一人で抱えてきた孤独や大変さを分かち合えそうな人と出会ったことで、あなたがその子に対して急速に心の距離を近づけたことが文章から感じ取れました(ある意味自然な流れだったのかな、と思います)。それまでに受け取ったことのなかった発想やポジティブさがあなたの心を開き、救い、心の支えとなっていったのかなと感じます。それだけ心の支えになっていたからこそ、突然関係が変わったことに、あなたはすごく動揺したのですね。その子からはっきりと理由を告げられなかった分、あなた自身の中で「どうしてこうなったのか」を考える以外の方法は難しいですよね…。その結果として自分を責めるしかなかったのだろうと思いますし、今もその子と向き合うチャンスを求め続けているのかなと思いました。あなたにとっては初めての感情を抱いた相手であり、同時に、そういう親密な相手から距離を取られる経験もまた、初めてのことだったのではないかなとイメージしました。
あなたの世界には、これまでにどんな人が登場しているだろう?と気になった私がいます。両親、弟、その子、そして神様や、それを信じる人たち…他にもたくさんいたりするでしょうか。今まで、そしてこれから出会う人の中で、あなたの心が動いたり、安心できたり、逆になんとなく嫌な感じがしたりする人は色々いるかもしれません。あなたの中で、その子との関係や思い出が鮮烈に残っていることが伝わってくるからこそ、それ以外の人間関係を経験していく先で、「自分」と他者との関係性や、「自分」自身の捉え方も変わっていくのではないかなと個人的には感じました。投稿ありがとうございました。

感想2

経験談への投稿ありがとうございます。幼い頃のあなたの記憶に家の支払いや滞納、借金のことなどがとても鮮明に描かれており、母親さんの苦労を自分のことのようにして背負ってこられた印象を受けました。きっと、母親さんの色々な辛い気持ちを聞くこともたくさんあったのではないかな、と感じています。自分の気持ちというものもなかなか持てないような環境の中で『自分の感情を持つ』と言うことが、いかにあなたにとって特別なことだったかと言うことも文章から伝わってくるようでした。

弟さんの同級生と会えなくなり連絡も繋がらなくなったことは、とても強い喪失感だったと思います。好きな人から遠ざけられるということは「失恋」という言葉で表すこともありますが、失恋はこの上ない痛みのようにも思えます。そんな誰もが辛く痛くなる状況の中で、あなたがさらに自分を責め傷つけていることがとても心配です。

もしかしたら、あなたはこれまで「誰かを守る」ことばかりしてきたので「自分を守る」ということはなかなかできなかったかもしれません。「自分を守る」というのは「自分を大切にする」ということとも同じだと思います。あなたが今辛いのだから、あなたを今一番いたわってほしい。辛かったねと、自分で自分を抱きしめることも良いかもしれません。もし、自分を傷つけてしまっていたら、痛かったねと傷口をちゃんと手当してあげてほしいなと思います。あなたが、あなたの大切な人にするみたいに、あなた自身も同じように大切にしていてほしいと思っています。

彼に気持ちを伝えられないのは辛いけれど、連絡をとらないという(もしかしたら連絡とれないということもあるかも知れませんが)ことは、彼の気持ちを尊重しているということでもあるのかな、と思います。その人がどこにいても元気で幸せにいられるように、と祈ることができたら「失恋」よりも「愛情」に変わるのかも知れません。

それでも、あなたの気持ちということがあなたにとっても、私たちにとっても大切ですから、もしまた気持ちをどこかに伝えたいときにはいつでも書き込みに来てくださいね。

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