産休・育休を取得しながら3児を産み、正規職員として働いていましたが、職場の同僚からの威圧的な態度から適応障害を発症してしまい現在、休職中です。知り合って1~2ヶ月で何もわからない間柄なのに、職業についての向き合い方全てを否定されてしまい、自信を失くしてしまいました。
うまく子育てができません。ついつい、口うるさく言ってしまいます。
特に、真ん中の中学生の長男が、年の離れた次男を毎日苛めて大泣きさせたり、長女と長男は顔を会わせると暴言を吐き合うなど、きょうだい間の仲が悪く、喧嘩が絶えません。それも、私と夫が毎日のように喧嘩をしているからだと思います。
夫は、他人の気持ちに全く寄り添えない人で、共感を得ることができません。私の言ったこと、したこと、全て否定してきます。また、ささいな会話では私の発言を無視してきます。その姿を見ているからか、長男次男は、私の言うことをほぼ無視です。
夫は平日は仕事で帰りが遅く、長女が生まれてから10数年間ほぼワンオペ育児でがんばってきましたが、色々と私の育児について口を出してきます。日中いないのに。夫が私を否定するので、長男次男は私の言うことは聞く価値がないと思っているようです。
宿題や片付けなど基本的な躾をしようと声をかけても、無視されて意味がないんだろうな、言うことを聞かないんだろうなと思いながら過ごしていると、子育てに楽しさを見いだせず、子どもたちの未来を楽しみにもできません。仕事も復帰できるかわからないし、この先生きていてもしかたない、1日でも早く死にたいと思ってしまいます。
子どものことを可愛いと思えず、そう思えない自分にも嫌気がさします。どうして、上手に子育てができないのに3人も産んでしまったんだろう、と、子どもたちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。こんな母親に育てられて、立派な大人になれるわけがないのに、言うことを聞かないし、成績もごくふつう、やるべきことすらやれない子どものことを、でき損ないだと思ってしまいます。
私自身は、子どもの頃真面目でそれなりに勉強もできた方ですが、母からは毎日のように叩かれたり蹴られたりして育てられました。どうしてそのような事をされていたのか原因は忘れてしまいましたが、過去の自分の方ががんばっていたのに、自分の子どもたちはがんばりもせず、横柄な態度でいることが腹立たしいです。
次男が我が儘を言って泣き叫んでいるのを見て、夫が「育て方を間違えた。このままじゃだめだ」と、私を否定してきました。そらなら、一人で思うように育てたら、と家を出ていこうとしたら引き留められ、結局家に戻ってきました。
またこれからも同じ日常が続いていくのかと思うとうんざりです。
夜も途中で起きてしまい、慢性的に不眠です。何の楽しみもない。こんな人生、本当に早く終わってほしい。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
いつまで生きないといけないのか
感想2
投稿読みました。多くのことが重なったその重みを一人で抱えながらこれまで何とか生き抜いてきたことが伝わってきました。仕事で心をすり減らし、家庭の中でも夫さんとの関係やお子さんたちとの関わりに苦しさを感じる日々の中で、自分の存在そのものが否定されているような感覚にもなってしまっているのではないかと想像し、そう感じてしまうのも決して不自然なことではないな…と私は思いました。
職場での出来事で、自分の仕事への姿勢まで一方的に否定されてしまったことは、心に深い傷を残したのではないかと感じます。特に、産休・育休を取りながら働き続けること自体、大変さがある中でその上に周りにも気を配りながら働いていたのだと思いますし(そもそも当たり前の権利ですから周りに気を遣わないといけないというような風潮自体に私は違和感を抱いてしまうのですが…)、でも現場では負担や偏見などの対象にされることも少なくないのかなと。制度が整ってきても、実際の人間関係や職場文化がそれを受け止められていない現実は、個人の問題ではなく社会の構造的な課題だなと改めて考えてしまいます。
家庭でのことも、お子さんたちの喧嘩や反発の背後には、あなたも認識されているように親同士の関係性が影響しているところも大きいのかもしれません…。夫さんからの共感の欠如や否定的な言葉は、長年のワンオペ育児で積み重ねた疲労と無力感をさらに深めてしまったのではないでしょうか。お子さんたちがあなたの声に耳を貸さなくなってしまうのも、夫さんがあなたの言葉を軽んじる姿を見続けてきた結果であると考えると、単なる“しつけの問題”では済まされない根深い連鎖が見えてくるな…と。
「こんな母親で申し訳ない」という自責の思いも滲んでいましたが、子育ての中で自分の感情が揺れるのは自然なことだと思いますし、あまり自分を責めすぎないでほしいなという気持ちになってしまいました。むしろ“子どものことを可愛いと思えず、そう思えない自分にも嫌気がさす”と苦しんでしまうところは、お子さんとの関係を真剣に考え続けているからこそなのではないかと私は感じました。ただ、その真剣さ(真面目さ)ゆえに、夫さんからの否定やお子さんたちの反発に傷つき、出口の見えない疲弊に追い込まれてしまっているようにも感じます。
幼少期に受けた暴力の記憶があることも、現在の子育てに少なくとも影響しているところもあるのかなと感じて、自分自身が理不尽に傷つけられた経験を持ちながら、それでもお子さんたちに“同じ思いはさせたくない”という強い気持ちで向き合ってこられたのではないでしょうか。でも同時に、「あの頃の自分の方が頑張っていた」という比較が苦しみを深めて、子どもたちへの苛立ちを増してしまう…その揺れの中に、二重三重のしんどさがあるように感じました。
「この先も同じ日々が続くのか」という絶望感や、「生きていても仕方がない」という思いが出てきてしまうのは、それほどまでに限界を超えて頑張り続けてきた証だとも私は思います。子育てや家族関係の困難をすべてあなた一人の責任に押しつけるのではなく、もっと社会が支える仕組みや、家庭の中で責任を分かち合う文化があれば…と思わずにはいられませんでした。色々と思ったことを書き連ねてしまいましたが、まずは「いつまで生きないといけないのか」と思うほど気持ちが追い詰められてしまっているあなたのしんどさを受け止めたいです。簡単なことじゃないとは思うのですが、どうかこの先少しでもあなたの心が少しでも休まる時間が訪れますように…。また死にトリが必要に感じられたらいつでも声を届けてほしいです。投稿、ありがとうございました。
感想1
投稿を読ませてもらいました。
読み終えた時に、この状況になっていることにあなたの責任が果たしてどれだけあるのだろうか?と私は思ってしまいました。投稿文の最後の方に、家を出て行こうとしたと書かれていましたが、その行動を心の中で応援したくなる私がいるほどです。
あなたがおっしゃる通り、子どもは親の振る舞いを見て価値観や行動を規定していくところが大きいと私も思います。夫さんのあなたへのモラハラのような日常をコピーしてしまったのでしょうね。しかしそれを気づいているのはあなただけで、その上で仕事をしながら子育てをしなければならない毎日は過酷でしかなかっただろうと想像します。お子さんが生まれてからワンオペで育ててきた10年以上があり、さらに今は休職中に家の中で冷遇されるような日々なのでしょうから、先を考えて途方にくれてもおかしくありません。そういった状況の中で子どもをかわいいと思えなかったり、腹が立つ感情…それは誰にも否定される筋合いのないあなたの自然な感情なのだと思います。結婚してからこれまであなたがあなたの人生を生きてこれたのかというと…どうでしょうか。子育て、仕事だけでも大変な日々なのに、否定される毎日では「私」が存在していないような感覚になりそうだな…そんな風に感じました。
簡単なことではないかもしれませんが、もう我慢しなくてもいいのでは?とさえ私は思います。
家を出ようとしたと思いますが、本当に一定期間家族と物理的な距離を取ってみるのはどうでしょうか。問題の渦中にいる間はその思考や感情から離れられず、そのことにもなかなか気づけないことがあります。今回こうやって言葉にしてくれたことはあなたがあなたの気持ちを再認識することにもつながっています。一度何らかの形で「私」を取り戻す時間、休める時間があってもいいのではないかと私は思います。投稿ありがとうございました。