経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

ストレスと孤独

部署の移動や会社の合併などにより仕事で悩むことが増えました。
仕事でストレスを感じて毎日過ごしています。
そのタイミングで仲の良い友人達がみな結婚していき、私だけが独身です。
もちろん友人の幸せはおめでたいし、喜ばしいのですが、孤独感が強くなり辛い日々を過ごしています。
孤独感を埋めるためにキャバクラに行っては散財して、次の日後悔を繰り返す情けない生活です。
こんな生活はやめないといけないとわかっているのに貯金を崩してまで通ってしまいます。
私はきっと依存症なんだと思います。
後悔するたびに私はこのまま生きていてもしょうがない。死にたい気持ちはあるのに死ねない。そう思って今日も意味もなく生きています。情けない話です。
夜寝てそのまま死んでしまえればいいのになと思っています。
こんなに苦しいのなら産まれてこなければよかった。

感想1

40代が視界に入り見渡せば同級生や周囲の人は大体結婚していて、子どももおり、なんなら家も買ってるというフェーズに入っているのをただ見届けるしかなく、孤独を募らせている私としては軽い気持ちではなく「わかる…」と思わず頷いてしまうほど共感を抱きながら読ませていただきました。

結婚ラッシュ(ただ単にタイミングが重なることだとは思いますが)なんて言葉がありますが、仕事での悩みが重なる中で仲の良い友人たちが結婚していったことは実際に社会から接点がなくなるわけでもなく、付き合いが切れるわけでもないのに、どこか「自分だけが取り残されている」と投稿者さんが感じられたのかなと(私自身の経験則的にも)想像していました。

それは、社会や世の中から押し付けられる、「社会人として働く」「パートナーを見つける」「いずれは結婚する」といった価値観からくるようにも思えますが、実際にはパートナーがいるかどうかや結婚ができているかどうかより、「自分だけがライフステージが変わっていかないこと」への不安や焦りのように私には思えます(突然の自論をすみません…)。

本来は社会と接点を保ち続ける、働き続けるだけで十分なはずなのにどこか「それだけでは足りない」と投稿者さんが感じてしまう(感じさせらてしまう)ということが、キャバクラでの散財や人を求めて発露している行動なのかなと思えました。

ただ、人として人間社会で生きている以上、孤独を感じて人を求めて依存してしまうことはなんら悪いことではないように私には思えます(現に私も似た部分があります)。ですが、「貯金を切り崩してしまう」とあるように、金銭面での弊害も多少ありそうに感じられたので、不安や焦燥感に駆られていたとしても、一過性だったり刹那的な関係で終わらない人との繋がりを模索したり、結婚などに限らず「自分がこれからどう在りたいのか」ということに耽ってみる時間などがあってもいいのかなと勝手ながらに思いました。

投稿ありがとうございました。

感想2

文章から、自分のことを客観視している人だなぁと思ったのと、その客観視も、あらゆる場面でふと無意識にやっている(やってきた)感覚があるのだろうか…と気になった私がいます。
そんな私の場合、おめでたい事だとわかっていても、そのタイミングが重なると金銭的にも厳しくなったり、そういった部分からまた孤独感も増し、自分だけ置いてけぼりだと強く感じてしまうのですが、あなたもそんな気持ちだったりしたかな、と考えています。
キャバクラにいる時は、多少気分が紛れるのでしょうか…。「後悔を繰り返す」とありましたが、そこで過ごしている時間も心のどこかで虚しさや辞めたい気持ちもあって、でもそれすらも掻き消すように更に散財することで苦しみに耐えたりして、そういったところも後悔に繋がっていたりするのかな…と私の勝手な想像です。あなたがキャバクラに行く事自体、何も問題ないのではと私は思いましたが、貯金を崩すことでお金の心配(新たなしんどさ)に繋がってしまったり、「こんな生活やめないと…」と思いながら過ごす事も、あなたを苦しませている一つだったりするのだろうかと思いました。しんどくなった時は、いつでもここに書き込んでみて下さい。

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