タイトルが既に多くを語っていると思います。人間は生き物ですから、誰も無臭ではありません。しかし、そのにおいの程度には強弱があり、ひどければ、他人への迷惑となります。それが人を孤独に追いやる、という経験談です。
私は、運が悪いとしか言いようがないのですが、悪臭を放つ身体の持ち主です。
まず、わきが。におい始めたのは、10代前半でした。「なんか独特のにおいがする」と言われ、脱いだシャツの脇を嗅ぐと、確かによくある汗臭さとは違う「独特の」においがしました。着古してくると、そのシャツの脇が、レモンイエローに変色します。それもわきがの特徴です。
わきがで直接に差別された記憶はありませんが、付近の人たちが、「なんかこの辺臭い」と、不審そうに言っている場面は何度かありました。そのような時は、こっそりその場を離れるようにしていました。
私じしん、他のわきがの方と遭遇してそのにおいを嗅ぐと、やはりわきがは迷惑なのだろうなと思います。
それから、口臭。これはもう幼少期からなんどもなんども指摘を受けてきました。私が話し始めた瞬間、反射的に顔をそむけた人がいました。黙ってガムを一枚差し出されたり、「こっち向くな」と言われたりもしました。「くち、くさいよ」とストレートに言われたことも。
歯磨きをして、口腔洗浄液でうがいをしても、もって一時間です。歯科で虫歯の治療をしても変わりませんでした。いちばんの原因は舌苔ですが、舌掃除をしても、またすぐに着いてしまいます。
わきが同様に、私じしんが他人の強い口臭を嗅がされると、耐えられない思いになります。私も迷惑な人間なんだな、と落ち込みます。
そして頭皮のにおい。頭は毎日は洗わないというのが普通らしいのですが、私は毎日洗います。そうしないと、二日目にはひどいにおいを発するのです。というか、一日目の夕方には、自分でもわかるぐらいにおい始めます。嫌な脂臭さです。もちろん迷惑に決まっています。
10代後半には、自分の人生に希望を持てなくなっていました。いつもにおいを気にしていました。何事にも集中できず、成績は落ち、時には教室に入れなくなり、友人だった人たちに親しみが持てなくなり、楽しいという感覚も失いました。自分は迷惑な存在だから仕方ない、とはいえ、異性のパートナーを持つことを諦めるのは、耐えがたい苦しみでした。私の若い肉体は、異性を求めていましたから。
やがて、必然的にでしょう、私は心を病んでしまいました。統合失調症という病名がついたのは、40歳になる手前の辺りでしたが、20歳頃には発病していたと思います。
20代から50代まで、およそ40年間の大部分をひきこもり状態で過ごして来ました。障害者枠で働いたこともありましたが、においが気になるのと人付き合いができないのと、認知機能に障害があるのとで、結局長続きはしないのでした。
空虚で彩りのない、ただ生きていただけの人生でした。異性のパートナーがいたら、少しは違ったでしょうか。
私は自分にプラスの価値を認めません。においゆえに迷惑しかかけられず、なんの業績も無く、家族も友だちもいない。においゆえに一人でいるしかなかった。積極的に死にに行くつもりはありませんが、それだけが救いだと思って、死を待っています。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
におい問題
感想2
においというのは目に見えないし、はっきりと分からない分、人付き合いにかなり気を揉んでいらっしゃったのではないかと文面から感じました。また直接言われたことなどは大きなショックで、長い間、とげの様に刺さっているのかなと感じました。人間同士というのは本当にやっかいで、不安定で、めんどくさいと思います。自分なりの距離というのを見つける必要があるにしても、なかなかそれも紆余曲折があっていくつになってもほんとうに面倒に感じることが私も日常的にあります。本当に面倒くさい。でも求めてしまうところもある。人間というのは難しい生き物だなと思います。文を読んでいると日頃はあまり人と接しないのかなと想像していますが、それでも文章からはあなたの経験や気持ちが伝わってくるものだなと思いました。文面の交流だって立派な交流だし、それでしかできない気持ちの交換もあるのかなと思いました。こうして間接的にでも話ができたことをうれしく思います。経験談、また書いてもらえればと思います。
感想1
経験談への投稿ありがとうございます。
においについて、同じく人間の一人である私自身も考えさせられるような思いで読みました。自分ではどうにもし難い苦悩を前にして「分かります」と軽々しく口にすることは、あなたを再び傷つけてしまうように感じました。ただ、「分からないこともある」という場所を起点にして、あなたの深い孤独に応答したいと、そんな思いでお返事を書かせていただいています。
これまで、常に周囲の顔色を伺いながら、緊張感が続く日々を過ごされてきたのではないかと想像しています。
「そのような時は、こっそりその場を離れるようにしていました」と書かれていましたが、何も悪いことをしていないあなたがそのような行動を取らなければならないということに、胸が詰まるような思いで読みました。
少しでもにおいを軽減するためにと、ありとあらゆる方法を試していることも感じました。
いつどこで鋭い言葉が飛んでくるか、針のむしろのような視線を向けられるかと思うと、集中できないのは当然ですし、対人関係も常に恐怖や不安がつきまとうことだと思います。
勇気を出して一歩踏み出した職場でも、つらい思いだけを重ねてしまったのでしょうか。
パートナーの存在について触れられていましたが、「自分を受け入れてくれる他者」という意味合いでの象徴でもあるのだろうかと考えました。
どこかで他者の理解を求める気持ちを抱きながら、これ以上傷つきたくないという恐れとの間で葛藤もあるのではないかと感じています。
においに対する過敏さや嗜好は人それぞれ違いますが、経験を通して内面化してきた他者に対する痛烈な自己否定は、果たしてあなただけの問題なのだろうかと、ふと疑問に感じています。
うまく言葉にできないでいますが、あなたの苦しさは、実はみんなの問題でもあるのではないかと私は感じています。
(そんなのは綺麗事だと思われるかもしれませんが・・)
どんな言葉でもっても、周囲の心無い言葉や態度で人知れず苦しんでいたつらい記憶や、深い絶望、孤独感はそう簡単に拭えないことだと思います。
今はただただ、どうにも行き場のない苦しさを受け止めたいと、そんな気持ちでいます。
またよかったらお話を聞かせて下さい。