のびアート

あるところに少年がいました。かれはそのせなかに、おおきなつばさをもっていました。まっしろなつばさをはためかせるすがたは、ほんとうにみごとでした。
「きれいだね」
「ぶきみだね」
「かっこいいね」
「きもちわるいね」
みんなはくちぐちにいいました。ほめるひと、ばかにするひと、あこがれるひと、こわがるひと。いろいろなひとがいろいろなことをいいましたが、少年はきにしませんでした。
「ぼくは、たのしくそらをとべればそれでいいのさ」

少年は大きくなりました。つばさは相変わらず真っ白にかがやいています。青空をかけめぐる少年に、声が聞こえてきました。
「すごいなぁ、うらやましいな」
「あれしか芸がないのかしら」
「さすが、俺たちとは違う」
「私は好きじゃないな、ああいうの」
みんなは好き勝手に感想をいいました。賛否両論なのはいつものことのはずなのに、少年は違和感を覚えました。
「何だろう。空を飛ぶのが怖いよ」

少年は逞しい青年に成長しました。純白の翼は未だ現在です。それもそのはず、少年はすっかり遊飛行をやめてしまって久しいのです。それでも人々は珍種である彼を批評する娯楽から抜け出せません。
「彼の美しい羽根は純金をも上回る値打ちがあるでしょう」
「お高く止まってやがるぜ。上流階級のつもりか」
「あの御方こそ、この世界を終末から救う神の遣い」
「あれはきっとテロ組織が秘密裏に開発した生物型破壊兵器に違いない」
少年にとって最早、全ての声が敵でした。
「誰も僕を僕として見てくれない。皆、僕を翼でしか測らない。こんな翼は枷だ、僕は翼の奴隷なんだ」
彼の苦しみを嘲笑うかのように、翼は輝きを増していきます。
少年は何度も翼を消し去ろうと試みました。それでも、何をしても翼は傷ひとつ付きません。それを心から嘆くと同時に、少年はどこか安心していました。
「本当は分かってるんだ。僕から翼を取ったら僕は何者でもなくなる。結局、僕には翼を捨てる勇気がないんだ」
少年は自責の念に駆られました。やがて追い詰められた彼の頭に浮かんだのは、かの有名な神話でした。
「そうだ、太陽に灼かれればいいんだ」
少年は本当に久しぶりに空へと飛び立ちました。しかし生身で宇宙に行けるはずなどありません。彼はまもなく酸欠を起こし、真っ逆さまに落ちていきました。鋭い風が身を刺す中、少年は幼き日をぼんやりと思い出していました。

少年

作品にまつわる質問

この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。

この後、少年は翼がクッションになって助かったそうです。本人は何とも言えない表情をしていたとか。
何年振りに空を飛んだことをきっかけに世間が再び賑わってしまうのは、また別のお話。

感想1

寓話的な物語で、私は宮沢賢治の「よだかの星」という個人的に大好きな作品のことも思い浮かべつつ、この少年に思いを馳せていました。翼は賛否両論あれど、とにかく目立ってしまうことの大変さがあるもので、「たのしくそらをとべればそれでいい」と思っていても、いつの間にかひとびとの眼差しが重荷になっていって。翼があってもなくても、少年は少年であるはずなのに、と悔しい気持ちになりました。エピソードとして、翼がクッションになって助かったと書いてあって、ほっとしている自分がいます。この世界のどこかに彼に似た姿の人もいるのかな。いつか彼が思い煩うことなく飛べる空を見つけられますように、と祈る気持ちになっています。

感想2

少年の持つ翼は、少年を構成する大切な一要素ではあれども少年自体ではなかったし、それに意味付けをしてよい人は、少年本人以外には誰もいなかったはずだと思いました。しかし、人々は勝手気ままに、無責任に言葉を放ちます。雨のように降りつける他者からの毀誉褒貶を無視して生きることは、実際問題とても難しいことだと感じます。そして、つい悪い評価に引っ張られ、自分の気持ちも良さも見失ってしまうこともあると思います。少年の姿が自分自身に少し重なりました。翼ではなく少年を見てくれる人や、少年と同じようなところのある人と出会い、いつの日か少年が、また楽しく空を飛べるときが来ますようにと願っています。

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