私はあの子に嫌われなくなくて「優しい子」という袋を被った。
私は先生に嫌われたくなくて「優等生」という袋を被った。
私は親に嫌われたくなくて「勉強のできるいい子」という袋を被った。
最初はみんな袋越しの私を見て喜んだ。
仲良くしてくれた。褒めてくれた。
でも今は違う。
私が「いい子」で「優等生」で「優しい」ということが当たり前になった。
袋の中の空気はだんだんと薄くなって息苦しくなっていく。
袋を被り始めたのは自分なのに。
自分が被った袋のせいで言いたいこともまともに言えない。
あの時の自分と変わってないか、袋に穴は空いていないのか。
いつもそんなことを気にしてる。
きっと自分で自分を殺しているんだ。
感想1
相手に合わせて自分を演じることは、ネコ被りという可愛い表現では収まらず、窒息に至るような切実な苦しさがあると感じました。自業自得とタイトルにありますが、袋を被ることがこの人にとっては日々を生きるために必要な戦略だったのだろうと思います。いつか袋が外れたり、あるいは穴が開いてしまったけど案外大丈夫だったということが起こってほしいなとつい思ってしまいました。
感想2
相手や状況に応じて自分を変える術を、「袋を被る」という表現に変換していることを興味深く読みました。優しくて優等生で勉強ができるあたまのいい子・・こうして文字に連ねてみても、呼吸が浅くなるような閉塞感を感じます。袋を被り続けることに疲弊してきているけれど、嫌われるかもしれないという可能性が1ミリでもあれば、簡単に脱ぎ捨てることもできない・・そんな葛藤も垣間見えるように思いました。