のびアート

掃除も自炊も洗濯もやる
たまにご褒美で定期的にお菓子とか買って
仕事もまあまあ上手く行ってる

でもふと考える
いつまで生きればいいんだろう

そんなこと考えながら
いついなくなっても後悔のないように
やりたいことはやる
いきたいところには行く
食べたいものを食べる

そんなこと知らないから
結婚やこれからのことを聞かれると戸惑う
とりあえず今は、若くてやりたいことをやりたい時期だという口実でやっていけるだろうか?

おわらせるのは怖い
生きるのも怖い、体を傷つけることも
ただ空気のように消えて
最初からいなかったような終わり方ができればいいのにと思う

感想1

最初に読んだとき「叫」という題と比べると詩には抑制された筆致を感じました。いやでも、この生活に根差した言葉一つ一つを私は淡々と読んでしまったけれど、本当は、もっと吐息の中にある言葉だったかもしれず、ぎざつきみたいなものを勝手に取り去ってしまっただけなのかもしれないと思い直し、またいちど読みました。それでこの言葉そのものだけでなく、言葉の間、空白のところに、言葉にならない悲鳴や叫びが留め置かれているように感じました。たしかに私たちが本当に怖いとき物語のように上手に叫ぶのは難しい気がするのです。だからこのような形の叫びが必要なのかもしれないと考えました。

感想2

切実な「叫」があることを文中から感じつつ、すこし進んでは立ち止まり・すこし進んでは立ち止まりを繰り返す情景が浮かんできたような気がしています。迷いの中、自分にとっての何かを見つけようと、苦しみやもがきがあるのではないだろうかと、そんな風に、感覚的にですがイメージが浮かんだ私もいます。「おわらせる恐怖」というのは時に、「何かを始める恐怖」にも通ずるものがある気が私はしていて、同時に、その狭間にいる苦しさも伴うような…そんな感覚があるように思います。

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