まばたきを繰り返す
今日を記録し また明日
出来事に一喜一憂し
雑貨屋を開く
それは 商いの準備
のようね
家庭の不満 仕事の理不尽
自信の喪失 恋愛観の議論
様々な出来事を「私」の断片として
無垢のオーク材で出来た棚に並べる
一ヶ月や三ヶ月に一度
私は他者に 選ばれて話す
選ばれたものを 手渡す
会う回数も語らう回数も
二十四節気よりも少ないね
と悲しむ人は私以外にいますか
秋の鹿だとバレないように
誰の目も見ずに 霞んだ山林に鳴いた
やまびこ が こだまして
誰にも届かず 雑踏に消える
宛先書かず手紙出してるね
傷つかぬ 気づかれぬ
傷つかぬが
気づかれぬ
救われないのは 私だけ
秋の鹿
作品にまつわる質問
この作品にまつわるエピソードがあれば教えてください。
書店でおもむろに手に取った本の中に「秋の鹿」という言葉がありました。大和言葉で片想いという意訳だそうです。片方は想う、でも片方は重い。分かっているからこそ、秋の鹿は誰にも鳴けない。そんな孤独の詩です。
感想1
日常的な生活圏の言葉(と呼べばいいのかわからないですが)と、むかしから文学の中で大事にされてきたような言葉が、流れる呼吸の中で繋がっているような詩だと感じました。秋の鹿はだれかを恋うる心(恋愛なのかはわからないですが)を表しているのかなと私の中では想像していました。「選ばれて」自分を切り出して語っても、「私」はずっとさびしそうに見えました。霞んだ山林では、だれかに「私」の声はきこえても、それが「私」の声とは気づかれないのかもしれない……、でもそのときの姿が「私」にとっては自然なのかなと思いを巡らせています。
感想2
自信はないのですが、多分この人は毎日日記を書いているのかなという解釈で読んでいました。毎日の出来事を自分で記録するのは、孤独な作業と言えるのかもしれません。日記はネタ帳のように機能するときもあるのかもしれないけれど、それの全てを相手に開示することはまずないし、どんなに日常の詳細や何かに対する自分の心情を綴っても、壁打ちのように感じる瞬間もあるのかもしれないと考えました。