のびアート

死にたい

そう思ったのはいつからか分からない
いつの間にか毎日「死にたい」と思うようになって

なにをしても消えない希死念慮
話を聞いてもらっても
またふりだし

どんな言葉をかけられても響かない
わたしはわたし
みんなの言ってることに惑わされたくはない
プライド高いな
自分を見失いそうになっているのに

苦しくて辛くて寂しくて
みんなは毎日死にたいって思わないのかな
苦しい、寂しい、辛いって思わないのかな
私がおかしいだけなの?

「死にたい」
「苦しさから開放されたいだけだよ」
「しんどいのは今だけだよ」
でもその今がとんでもなく辛かったら
どうすればいいの?
わたしは
どうしたらよかったの?

助けてほしい
でも助けてもらった気がしない
責められた気がする

ああもうよくわかんないな

無題

感想1

自問自答を繰り返しながらも、絡まった何かを少しずつでも解こうとしていて、でもその過程にさえも苦しさがまた絡まってきて「わたし」を混乱させてきている様子を想像した。希死念慮を抱えている自分としては、この文章にとても共感している。(勝手にだけども)自分を見失いそうになっている時でもプライドが高く感じるのは、そのプライドで自分自身をどうにか守ろうと(保とうと?)してるのもあるのかも……って、自分の経験からだけど、ふとそんな風に感じた。

感想2

ブランコに乗りながら小声でつぶやいてるみたいな詩だと感じた。私も、死にたいって考えたことない人に会うとちょっとびっくりする。そういうこともあるんだって思う。私も死にたいけど、死にたいって思ったらだめ、なわけないと思う。どんな感情も否定する必要はないはず、と信じる。でも死にたいにも、死にたい以外のたくさんの意味があって、他の人の死にたいを聞いてみると違うところもあったりしてふしぎ。私は逃げたいを我慢してると全部死にたいには埋め尽くされる。苦しい寂しい辛いが毛玉みたいにからまって死にたいのかたまりになっていくのだろうか。

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