「どうしたの?怖い夢でも見たのかしら?」
私が泣いていると、ママはいつも優しく声をかけてくれる。
「……」
けれど、私は上手く言葉を返すことができない。
何となく違和感があるからだ。
ママは優しい。
私が悲しんでいる時には声をかけてくれる。
でも、私は悲しんでいる理由を言葉にすることができない。
ママに話すことなど何もない、と心のどこかで思っている。
私が黙っているから、ママの優しさが遠ざかっていく。
「せっかく心配してあげてるのに、何も答えないなんて」
…ため息。
「バカにしてるの?」
…聞くだけで体が緊張する、不機嫌な声。
「誰かに何か言われたの?嫌なことがあったの?ねぇ答えてよ!」
うるさい。話したくない。
私は思わず耳を塞ぐ。
優しいママは、私の幻想。
そんなのずっと前から、知ってるよ。
感想1
幻想の優しいママと幻想ではない不機嫌なママ、どちらのママにも自分の悲しみを話せないという息苦しさとやりきれない気持ちが伝わってきます。優しいママはいつからそばにいたのでしょうか。どこから来たのでしょうか。思い出の中なのか、理想なのか、この子自身が自分をケアする優しさの分身なのか、つい考えてしまいます。
感想2
「知ってるよ」って声は諦めたような、ちいさなつぶやきみたいな感じだと思いました。「ママ」に「優しい」状態でいてもらうには、「私」は「ママ」にとっての正解を選び続けなければいけないのかも。だけど正解が一つもないことも少なくないのかも……って想像しました。それはずっと難しすぎるテストを受けているみたいなものかもしれない。合格しないと「優しい」ではないものをたくさん浴びないといけないなら、緊張するのも、ひそかに幻想を願うのも自然な気がする。読んでいて、この場面は家の中で、あるすこし寒い日の朝のことかもって勝手にイメージしていました。