経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
父親との関係について相談したいです。
私は子どもの頃から、父親から暴言やモラハラ、威圧的な態度を受けてきました。自分の思い通りにならないと家を出されたり時には手を出してきました。その影響なのか、父親に対して強い恐怖や緊張を感じることがあります。
自分が30代になり父が入院してからも、会うたびに「お前には金を残さん」と言われ続け、それがかなり精神的な負担になりました。その後、パニックのような症状や息苦しさが出るようになり、精神科の医師から父に会うことを止められています。
最近、父が亡くなる可能性が出てきたことで、悲しさだけではなく、これまで父から受けた暴言や傷ついた記憶がフラッシュバックのようによみがえることがあります。
思い出すと眠れなくなったり、心や頭が疲れたり、涙が出たりします。怒りや悲しみが急に押し寄せることもあります。
さらに、父が亡くなった後の家や相続の問題について兄と話し合う必要があり、父親に関する問題から完全に離れることができないこともつらいです。
父親が亡くなることへの悲しみと、父親から受けた傷つきや怒りが混ざっていて、自分でも気持ちを整理できていません。
今後、父親との過去の出来事と現在の反応をどのように整理していけばいいのか、そしてフラッシュバックや息苦しさ、眠れない状態をどうやって和らげていけばいいのか相談したいです。
感想1
私自身も幼い頃から今に至るまで父親との関係や受けた傷に悩まされているので、「私ならどうするだろうか」「何を感じるだろうか」、そんなことを考えながら読みました。
身体的にも精神的にも向けられた父親からの暴力の傷は、幼い頃に受け止めるには(そもそも受け止められるものでもありませんが)あまりにも大きすぎるものであるように想像しました。それはその瞬間の痛みや恐怖はもちろんとして、「父親という存在そのもの」への不安や恐怖としてあなたの中に深く根差してしまったのかなと考えを巡らせています。
月日が経って大人としての自分で接することになってからもかけられた言葉には、どこか「自分がこう見られている」というものを再認識させられ続けるような感覚に陥らされてしまう気がしますし、その上でいつまでもはいないかもしれないという可能性はあなたの気持ちの矛先や落としどころを奪って、昇華できないものとして宙ぶらりんにされているようにも感じました。それは、「悲しい」という言葉で表されているように「父親という単一の存在」だけではない「親子として」感じるあなたの想いやある意味矛盾した気持ちが複雑に交錯しているようにも勝手ながらに感じてしまった私がいます。
「自分でも整理できない」という言葉には今のあなたの切実な気持ちが込められているように思います。ですが同時に、湧き上がる気持ちの数々、そのどれもが嘘偽りのないあなたの本音とも私個人としては感じます。子どもとして、一人の人間として、今の状況や父親と向き合えたらそれはそれでいいのかもしれません。ですが、たしかに感じている自分の気持ちを曲げてまで折り合いをつけるというのも違う気が私はするので、あなたが感じていることを他ならぬあなた自身がありのままとして受け入れる、そんな向き合い方があってもいいのかなと思いました。
感想1
私自身も幼い頃から今に至るまで父親との関係や受けた傷に悩まされているので、「私ならどうするだろうか」「何を感じるだろうか」、そんなことを考えながら読みました。
身体的にも精神的にも向けられた父親からの暴力の傷は、幼い頃に受け止めるには(そもそも受け止められるものでもありませんが)あまりにも大きすぎるものであるように想像しました。それはその瞬間の痛みや恐怖はもちろんとして、「父親という存在そのもの」への不安や恐怖としてあなたの中に深く根差してしまったのかなと考えを巡らせています。
月日が経って大人としての自分で接することになってからもかけられた言葉には、どこか「自分がこう見られている」というものを再認識させられ続けるような感覚に陥らされてしまう気がしますし、その上でいつまでもはいないかもしれないという可能性はあなたの気持ちの矛先や落としどころを奪って、昇華できないものとして宙ぶらりんにされているようにも感じました。それは、「悲しい」という言葉で表されているように「父親という単一の存在」だけではない「親子として」感じるあなたの想いやある意味矛盾した気持ちが複雑に交錯しているようにも勝手ながらに感じてしまった私がいます。
「自分でも整理できない」という言葉には今のあなたの切実な気持ちが込められているように思います。ですが同時に、湧き上がる気持ちの数々、そのどれもが嘘偽りのないあなたの本音とも私個人としては感じます。子どもとして、一人の人間として、今の状況や父親と向き合えたらそれはそれでいいのかもしれません。ですが、たしかに感じている自分の気持ちを曲げてまで折り合いをつけるというのも違う気が私はするので、あなたが感じていることを他ならぬあなた自身がありのままとして受け入れる、そんな向き合い方があってもいいのかなと思いました。