きょうだい者、愛着障害、双極性障害、自閉スペクトラム症グレーゾーンを持つアラフォー女性です。私の人生はいつも自分以外に捧げられるものでした。兄と2人兄妹で兄は今で言う自閉スペクトラム症にあたるものでしたが当時は障がい児に対する世間的理解、専門教育が追いついていない時代でした。正義感が強く常に最善を尽くすが、脳の持病を持ち神経質で融通の利かない母は周りを敵とみなし、誰にも援助を求めず兄と向き合いました。その様子は息子が大事、息子は私の理解者とさながら恋人のような熱量がありました。自信をつけさせるためにどんな些細なことでも褒めましたし、子供の私にも兄を自慢し兄の目の前で褒めろという圧がありました。私は賢かったのであまり心配されず、そのかわり滅多に褒められませんでした。兄や私の友人のことは私の前で褒めるので、差をつけられてるとは思いました。父の事を昔の恨みから信用ならないと切り捨て、私には守護者、カウンセラー、兄を虐待してしまった時のストッパー、父との間を取り持つ仲介者になるよう暗に伝えてきました。子供の頃はまだ純粋でしたから、それが自分の使命とすら思いました。兄を叩き始めたら自分が飛び込んで一緒に叩かれたり、怖くて止められず、トイレで兄の泣き叫ぶ声を聞きながら悲しくて泣いてるのになぜか引きつり笑いが出てしまうこともありました。それでも何もないときは母は優しく世話を焼き、兄とは一緒にゲームをしたり、家族で旅行に行くこともありました。兄のことでからかう子供には怒りで威圧し、陰でクラスの中の吊るし物にした担任にはささやかな仕返しをしました。私は兄が好きでしたから困っているときに助けるのは当たり前、私が家族のヒーローになれば皆仲良く過ごせると思っていました。当時は何とも思っていませんでしたが高校生の時過剰な自己犠牲のつけが回ってきました。私は家庭不和の緩和と母のご機嫌取り、兄のためになることをするという姿勢を得たのと引き換えに自分が何者なのか、自分がどういう人間なのか自分のことなのに全くわからなくなりました。口から出る好きなもの嫌いなもの、やってみたい部活、将来の夢、大切な価値観、それらが全て母親から言い聞かされたものだということに気づいたとき、薄気味悪さを感じました。何とか自分らしさを実感したいとこれは自分の好み、自分の意思、趣向だと思うものに手を出しても、一度形の歪んだ鋳型から出るものが全て歪であるのと同じで、どれもどこかに母の影が憑いてきていました。同じ頃に精神不安定なクラスメイトに執着され、私は精神病を発症しました。そこからは転がり落ちるように自分の望みとは反対の、母が満足する人生の選択肢を選び全て自滅しました。就職も自分の障害特性や適性の仕事に行くまでに10年弱かかりました。今、私は子供の頃の夢の8割を諦め、実家で暮らし、やってもらって当たり前という態度の嫌いな兄と、元凶の母と、似た者同士な父と生活しています。兄は自分の都合ばかりこだわりだからと優先し、家事や大掃除などの人手が必要なものにあまり参加せず、健康診断オールAで仕事の後夜10時まで遊び歩く体力があるくせに老齢の父に雨の日車で送迎させありがとうも言わない思い上がった人間に育ちました。またノーを言えない私を自分より下だと思っているところが無礼な態度からわかります。それにも注意せず当たり前の家事に過剰に褒めちぎる母の姿を見て、全てがどうでもよくなりました。結局母にとって私の価値は、自分に有益なことをして自分の正しさに賛同してくれる都合のいい駒でしかなかったのでしょう。理想主義で目立たないけど確かに発揮している思いやりや高い思考力など自分の誇りに思っていたもの、長所は随分と粗末なことに搾取され続けたようです。もっと自分のために生きればよかった。ヒーローにならなくてよかったんだ。私の性格ではできないでしょうが、跳ねっ返りの他人をいい意味で気にしない豪胆な性格なら…と思うこともあります。人生の折り返し地点まで来てやっと自分を取り戻せたのに、今までの失敗と取りこぼしたものの多さから、もう自分の願いを叶える胆力や自信がありません。自分のケアがまだまだ足りません。友人や新しい人間関係もありません。逃げ場がないのです。どこに逃げればいいのか分からないのです。そもそも学習性無力感で大きな決断は特にできなくなっています。しっかり意識しないとやりたいことよりやらなければならないことしかしません。本当は口汚く恨みをぶつけてしまいたい。自分の犠牲が当たり前ではないことを知らしめたい。でもまだ小さいですが、そんなことより今までできなかったこと黙って一人でやろうよ!という声も自分の中から聞こえます。場数を踏めばきっと軽々と自分のために行動できるようになる!呪って終わるより、自分の人生の充実感のために少しでも多く時間を使うことが最高の復讐、意趣返しなのだと思います。そう簡単に180度舵を変えることはできませんが、揺り返しがあって当たり前と思えば、少し息がしやすいです。若いときはこうは考えられなかったので、生きづらくても生きてきてよかったと思えるようになりました。歳をとるのも自分を救ってくれました。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
自分勝手に生きられればいいのに
感想2
「歳をとるのも自分を救ってくれました。」という最後の一文にとても共感しました。歳を重ねることで新たに生じる生きづらさもありますが、私自身歳を重ねたからこそ若い時とは違う考え方や価値観を受け入れられて少し生きやすくなったように感じているので、最後の一文を読みながら何度も頭を上下に振っていました。
子ども時代はどうしても家庭以外の居場所が少なく、家庭で課せられる役割を背負わざるを得ない状況になりがちだと思います。その役割を背負うが故に身につく力というのも確かにあるだろうとは思うのですが、大人と子どもの役割が逆転しているような環境だと、子どもの健やかな心身の発達にどうしても歪みがでてしまうのではないかと考えています。障害のある兄とその育児を一手に引き受けるしかない母親の心理的なケアを子どもの身で引き受けざるを得なかったあなたの環境で、よく今日まで生きのびて来られたなと思いました。文章からはあなたの理性や知性も感じられ、あなただからこそ母親から課せられた役割を引き受けられた、引き受けられてしまったのだろうなというのも感じました。
今も家族と一緒に生活をされているとのことで、日々心身の負担もあるのではないかと想像しています。その生活の中でも、自分を生きようとされている姿に、あなたの生きる力の強さを感じています。
タイトルにもある「自分勝手」という言葉をこの経験談に合わせるなら「自分軸」ではないかと私は思いました。成長する中で自分軸を育てられる環境になかった場合、大人になってからそれを取り戻そう、あるいは身につけようとするととても時間がかかるかと思います。そう言う私も今自分軸というものを一進一退しながら身につけようとしている最中です。今日はうまく自分の声を聴けたなと思う日もあれば、すり込まれた誰かの考えや価値観でこうしたほうがいいとやってしまうときもあって、「揺り返しがあって当たり前」と書かれているのが本当にその通りだなと思います。今になってこんなことをしているのかと思う反面、今だからこそ小さな事かもしれないけれど自分の選択ができるようになったんだろうなとも思います。あなたが書かれているように、気力や体力が追いつかずに全てを取り戻そうとするのはなかなか難しいですが、小さな声から少しずつでも拾っていけたら、今はそれで十分ではないかとも思います。
あなたの経験談を読ませていただけたこと、私にとっては応援の言葉をもらったような気持ちです。勝手ながら一緒に頑張っている人がいると感じられました。私もあなたを応援しています。
感想1
深い自己分析を感じてとても興味深く読みました。それは、単に自分を知るためとか、ちょっとやってみた自己分析とは違い、これまでを生き抜くために積み上げていくしかなかったような重みを感じています。そして、その分析の蓄積は今、あなた自身の力となって自由を獲得するための土台になっているように感じました。タイトルは「自分勝手に」と書いていますが、あなたが望んでいることは自分勝手というより、私には「自由」とか「自分として」という言葉がしっくりくるように感じています。ただ、あなたの感覚では「自分勝手に」という表現がイメージに合ったのかもしれません。
周囲を頼らずに兄に全てを捧げる母の姿と、その中で育っていく兄を目の当たりにし、与えられた環境に適応するしかなかった様子を想像すると、ひょっとしたら適応できる力があったからこの展開になったのではないかとも感じています。いろいろな方向から様々な種類の強制力があなたに作用し、周りの要求にあなたは自分を削りながらなんとか応えてきたのだろうと思います。途中で誰かあなたの味方になってくれる大人が登場しないものかと願いましたが、過剰適応をして一人必死に自分を守り続けたあなたにとって、もしも可能性のある存在がいたとしても、誰かに心を許すことはとても難しかったのかもしれないとも考えています。あなたの家は兄をめぐる母の子育てが事情として特殊である側面もありますが、そうではなくても今の社会において子育ては多く親に依存した構造になっていて、その構造が子どもたちを家庭という狭い世界に閉じ込めてしまい、その成長や人格形成に大きな影響を受けることになります。障がいや病気など、ケアの必要性があれば、ますます子どもは適応を強いられます。きょうだい児やヤングケアラーについての課題はこうした家族というコミュニティが孤立していることや子育てが親という限られた存在に依存するしかない事情によってつくられているように思います。
私の身近なところにも、閉鎖された家庭という特殊集団に適応を迫られ、長年、自分を後回しにしてきたことによって、意思とは何か、自分とは何かということが大人になってからも分からなかったり、人間関係(特に近しい人との関係)がうまくいかずに苦労したり、自分の好きなことも分からず、セルフケアがいつまでもできないと語る人たちがいます。ただ、一方でそうした人たちの中には幼少期のサバイバルによって身につけた特殊能力が自分を助けていることもあるように感じています。あなたの経験談を読み、そんな人たちのことを思い出しました。そうはいっても、大人になってからもいろいろな形で生きづらさもまた抱えることになるので、簡単にはそれをよかったねと言えるものではないと思っています。
あなたは最後の方で「少し息がしやすいです」と明言しています。私は今の心境に至ったプロセスがとても気になります。今回の経験談に書いていない歩みや出来事もあったのだろうと想像しています。ただ、何があってもなくても、あなたの書いた文章には明らかにあなたらしさがありました。自分以外に捧げたものもたくさんあったのかもしれませんが、何があっても捧げなかったものもあったのではないかと勝手ながら感じています。ぜひ、これからの人生を自分勝手に生きてもらえたら…と心から応援したい気持ちです。