私は幼い頃からとても繊細で,少し友達に強く言われたり,先生に注意されたりするだけですぐに泣いていました。また,他の人が気にしないようなことにどうしても反応してしまい,「私はどこか他の人とは違う」「なんで自分はこうなのだろう」と自分を責めてきました。特に,人間関係がうまくいかなくて,心を許せる友達ができませんでした。自分のことや他の友達のことの悪口を言っているところを見て,誰のことも信用できなくなったからです。親は優しいし愛してくれましたが,私の繊細さに対しては「気にし過ぎ」「そんなこと気にしていたら生きていけないよ」と言い,共感してくれることはありませんでした。大学生になり自分の繊細さを自覚してからは少しずつ生きやすくなりました。でも,繊細であることには変わりはなく,日々周りの刺激に攻撃され疲れ果てています。本当に毎日毎日疲れ果てて,生きる気力が湧きません。普通の人なら何の問題もなく暮らせる環境でも,私は元気に行動できなくて,休む時間が人一倍必要な自分が嫌になります。学生の時点でこんなに疲れていたら,就職後1日8時間も働けないのではないか,将来この社会で生きていけないのではないかと不安な気持ちでいっぱいです。もうこんな刺激に敏感過ぎる自分に疲れてしまって,「死んでしまいたい,死んだら楽になる」と考えてしまいます。最近は「なぜ死んではだめなのか」ということをぐるぐる考え続けています。もうこんな自分が嫌だ。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
こんなにしんどいなら早く死んでしまいたい
感想2
私も繊細な子と言われていたので、終始わかるなぁと思いながら読ませていただきました。すぐに緊張でお腹が痛くなったり熱を出したりしていたし、いつも先生の表情を伺っては勝手にハラハラしていました。自分が友達や先生に何か言われたときは、その度に顔がカーっと熱くなっていき、そのときの感覚は今でも覚えています。
繊細さに悩むことに対しての「気にしすぎ」は、表現の置き換えであって、原因ではない気がします。「なぜ気になってしまうのか」や「気にしないためにはどうしたらいいのか」を誰も一緒に考えてはくれなくて、「気にしない」ことができない自分は、更に追い込まれていった感覚があります。
私の学生のときの最大の不安はやはり、投稿者さんと同じで、将来この社会で生きていく自信がないことでした。私はもうすっかり大人になってしまいましたが、今でも週5日の8時間労働は聞いただけで拒否感があります。比較的受ける刺激やストレスの少ない環境、通勤ラッシュを避けられる通勤時間など、意外と選択肢はあるなと感じています。(気にしすぎる性格のおかげで、自分に合いそうな求人を調べまくった結果、そういう選択肢を見つけることができたのかなとは思っていますが…)
投稿者さんは、大学生になり、少しずつ自分について客観的に学ぶ機会を得て、手放しで過ごしていた子ども時代よりは、ご自身を守る対策法がわかってきているのかなと思います。「何が原因で」「なぜ起こるのか」「予防法」「対処法」などのうち、どこかしらに手がかりを見つけたところなのだろうかと想像しました。良い方向に向かう速度が「少しずつ」であることへのもどかしさ、耐えられない苦しさもあるかとは思いますが、生涯刺激に晒され続ける必要はないこと、選択肢は多様にあることを、どうかお伝えしておきたいと思っています。
感想1
人よりも刺激の多い人生で、普通ならなんてことないことでも、それがずっと続く中で生活するにはかなりの力が必要なのかなと思いながら読んでいました。そんな中で毎日過ごしているとすれば、人より何倍も疲れてしまうのも想像できる気がします。でも、私がどれだけ想像しても、実際にその人が感じている感覚を本当の意味で知ることはできないのかなとも思っています。それでも、自分の感じていることに少しでも想いを馳せて、分かろうとしてくれる人がいて欲しかった、孤独で苦しかったという思いがとても強く伝わってくるような感覚がしました。幼い頃からずっと、自分だけ周りと違うように感じて、自分を責めながら過ごしてきたことや、身近な人にも共感してもらえなかったことは、孤独だったのではないかなと思う私がいます。
今は学生で、社会人になってからのことが不安とのことですが、私も学生の頃は同じように不安でした。社会にはまだ、正社員で働くことや1日8時間働くことが当たり前のような空気がある気がします。人それぞれ体調や働ける時間も含めて違うはずなのに、社会人にも“こうあるべき”と言われるようなものがあり、それに縛られる感覚もあります。でも、本来は人によって体力もキャパも、得意なことも苦手なことも違うはずなのに、そこから外れると自分のほうが間違っているそんな気持ちになってしまうこともあるのかなと思いました。実際には働き方もいろいろあるけれど、それを自分に合う形で選べることと、選んでもいいと思えることは、まだ別のことなのかもしれません。将来のことを考えれば不安はなくならないかもしれないですが、その時々で試してみて、違ったらまた考えていく、そんなふうに進んでいくこともあるのかなと思いました。今のしんどさを抱えながら、それでもこれからのことを考えていることが伝わってきました。投稿ありがとうございます。