現在の私は、働いていない。働く予定もない。どうしたらいいか分からない。
現在の私は、実家に住んでいる。でも家族が苦手だ。二度と話したくないと思う時もある。その気持ちを抑え込んで、無理して話す時が多い。家を出られそうな方法を、実は知っている。だけど行動ができない。見えない引力で、この場に縛り付けられているみたいだ。
私はこどもの時から、見えない何かに苦しめられていた。「見えない」というのが厄介で、周りの人にはもちろん、自分でさえも何が事実なのかが分からなくなる。
たとえば私が今働いていないこと。
深く考えずに決めつけてしまえば、多分怠けているだけとか、親に甘えているという解釈になってしまう。自分の中に、そう決めつけて自分を責める声が存在している。働きたいのか、働きたくないのかで考えると、どちらかといえば「働きたい」寄りの気持ちだと思う。じゃあ働けば?と言われてしまうだろうか。少し待って欲しい。少しだけ、話を聞いて欲しい。
私は、私なりに頑張った気がしている。学生の時まで遡らせてほしい。
「学校に行きたくない」という気持ちがあった時。それでも行った。親や先生が私の将来について、とても不安そうにしていたからだ。
学校が終わってから、毎日のように習い事に行っていた。
自分の話をしたいのに、母の話を出すのは何となく嫌だけど、私の母は習い事がやりたかったのに家が貧乏でできなかったらしい。だから自分の娘には、習い事をやらせてあげるんだと言っていた。私は、やりたくないと何度も言った。もう疲れたと、休ませてくれと何度もサインを出した。だけど母を含めた周りの反応は「好きなことをやらせてもらえていていいね」「好きなことをやらせてあげているのになぜやめたいなんて言うの?」「お願いだから、続けてほしい」だった。
やめたいと言っているのに、私は好きなことをやらせてもらっているのだろうか。何だか違和感があった。でも周りが当たり前のようにそう言うから、私もそう思うしかなかった。
私は好きなことをやらせてもらっている。だからやめたいと言ってはダメだ。頑張らなければいけない。大丈夫、これをやり続ければきっと許してもらえるはずだ。楽に生きられるように、いつか、必ず、きっと。
だから頑張るしかない。
そう思いながら、小学校〜高校までは学校と習い事を両立し、高校卒業後は専門学校に行った。母は行かせたい大学があったみたいで、「この子は◯◯大に行くんです!」と私の進路の話になるたびに先生に言っていた。大学の講習や、オープンキャンパスにも行かされた。ただ、私にはもう大学に行けるような体力が残っていなかった。せめてもの罪滅ぼしのように、専門学校に行った。
専門学校も、数ヶ月で行きたくなくなった。しかし、また周りからの言葉に抗えなかった。「どうしてやめたいなんて言うの?」先生も親も、困った子を見る目で私を見てきた。
「これをやってみたらきっと続けたくなるよ」「周りの子の実力についていけないからやめたいんだね」あることないこと好き勝手に言われて、「やめたい」と言っていたのに私だけ他の子よりやることが増えていった。何で?
最終的に2年通いきって卒業したが、就職はしなかった。それは、私の小さな反抗だったのかもしれない。
この後も、私は頑張ったのだと思う。アルバイトをしていた時期もあったし、親に認められたくていろんな行動をした。
でも、本心ではずっと「もう動けないよ」と思っていたから、本当にずっと苦しかった。もう、許してくれと何度も思ったし、今だって思っている。
現在の自分に対して、「怠けている」「甘えている」と一番言ってしまっているのは、もしかしたら自分自身かもしれない。
でも、家族の反応を見ていると、理解してもらえているとは到底思えない。
こうなりたくて、こうなったわけじゃないんだ。
親のお金を使ってやろう、と思って親のお金で生きているわけではないし、実家に住んで困らせてやろうと思っているわけでもない。
だから、できればもう、自由に生きさせて欲しい。
これ以上振り回さないでほしい。
あれ?これって振り回される私がダメなのかな。
これだけ書いても、また分からなくなる。
感想1
タイトルの「頑張ったんだよと伝えたい」に対して、「その通り!あなたは頑張ってきました」と大きな声で応答したくなりました。そして、「自由に生きさせて欲しい」という願いがとても切実に、あなたの本音として強く私の心に届きました。この経験談を書くことはあなたが自由を手に入れるための第一歩のように感じ、心からその願いが叶うことを願ってやみません。
あなたは小さな時からいろいろな意味で頑張ってきたように見えました。一つは自分が希望したわけではない習い事を頑張って続けたことです。実際に何かを続けることは簡単ではないと思います。ましてや自分でやりたいことではないのならそれを続けるためにどれだけの努力や痛みが伴ったのだろうと思います。そして、次に「学校に行きたくない」「習い事に行きたくない」「もう疲れた」「休ませてほしい」など自分の気持ちを頑張って伝えました。子どもが自分の気持ちを伝えることは簡単なことではありません。あなたの場合、母の期待や思いを知っていて、そのうえで自分の意思や気持ちを繰り返し伝えることは容易ではないと思います。勇気や覚悟が必要だっただろうと思います。そして、ずっと周囲の期待や意向を頑張って受け取り、そして応えるべく頑張りました。日々の緊張やストレスはどれだけあっただろうと思います。自由にのびのびと過ごしてもよいはずの貴重な子ども時代において、それだけの頑張りをこなしてきたのですから、へとへとに疲れてしまっても仕方ないですし、働くことが難しくっても無理もないです。
私が経験談を読み進めるうち、思わず心の中で拍手を送ったところがありました。「最終的に2年通いきって卒業したが、就職はしなかった。それは、私の小さな反抗だったのかもしれない。」というところです。事実を見れば、本来やるべきことをやらなかったとか、努力をしなかったように思われるような行動かもしれませんが、実はあなたが自分でいるための抵抗であり、意思表明であると思うと、心からそれを支持し、応援したい気持ちになりました。まだ、自分でも迷うところがあり、こうして文章にしてくれたのだろうと思います。私は迷って当然だろうと思うし、必要な迷いを今しているように思いました。そして、一人ひとりの歩んできた道や気持ちはそれぞれなのに、表面的な能力や状態でジャッジしてしまう社会の画一的な見方にも疑問を持つ必要があると感じました。あなたの静かで確かな本音を聞けて心強く感じました。あなたはあなたであり、だからこそ迷い、こうして自分の思いを綴っている…そう思うので、もうそれだけで十分じゃないかと私は感じています。