まず生い立ちについて。
父と母・僕も含めて3人兄弟の5人家族。
兄弟の中で僕が長男、年子で弟が2人(3人とも年齢が1つ違い)という家族構成です。
親が若くして産まれた子供だったので経済的余裕は本当になかったと聞いています。
父は昔から仕事以外の時間は夜寝るとき以外、地域の集まりや自分の趣味などで家にいる時間が少なく、ほぼ家事や育児を母に押し付けて過ごすような人でした。
母は家事と育児をほぼ1人でこなしながら働いて、自分のことは後回しの状態で僕たちを支えてくれました。
父と母は互いに昭和時代に育ったということもあり、どちらも厳格で短気な性格だったので、僕たち子供を叱るときは暴言だけでなく体罰がつきものという、いわゆるスパルタの教育方針で僕は育ってきました。
また、親の夫婦喧嘩は日常茶飯時で昔から平和主義だった僕からすると、僕が悪いわけでもないのに自分も怒られてるような感覚に陥ってしまうことが多かったです。
夫婦喧嘩の後は決まって親の機嫌が悪く、子供に何かしらのミスやぬけがあると、そこまで怒る必要のないことでも、粗を探していたかのように見つけては怒られることも多かった。
2人の弟は言わずもがな僕よりも年が下なので親に甘えたがる時間が僕よりも多く、弟が親に甘えてる時間は僕が甘えたくても兄だからと我慢させられていたということばかりだったようで、母からは僕にはたくさん我慢させてしまったと謝られたことが何度かあります。
学校が休みのとき父は外出・母は仕事という状況で2人の弟の面倒を見るのが僕である日が多く、まだ小学生なのに長男というだけで親の代わりに色々なことを頑張っていたことを今でも覚えています。
僕は昔から繊細で神経質ですが、感受性が豊かで思いやりがある性格でした。
幼い頃からそんな日々過ごしてきた僕は、小学6年あたりから精神疾患の症状が出始め、中学1年の頃に初めて精神科の病院に行きました。
精神科に診てもらい、受けた診断が「強迫性障害(強迫神経症)」という病気でした。
この病気の詳細は省略させていただきますが、この頃から僕の人生がネガティブな方向に向きがちになってたと思います。
例えば夜寝るとき、特定の不安が襲ってくるとどれだけ疲れていても寝ることを中断し、その不安を消し去るために自分の中の非合理的な方法で気持ちを落ち着かせなければならない。
自分の意思に反して繰り返す不安である強迫観念。
僕にとっての夜は身体を休めるのではなく、その強迫観念と闘う時間でした。
強迫性障害の症状は学生の頃はもちろん社会人になっても残っていて、「時間を守る」ことが基本であるこの世の中で僕にとっては分厚く高い壁になっていました。
授業中やテストの最中なのに不安が頭に浮かんでしまうとノートやテスト用紙に何も書くことができない。
板書しなければならない内容をノートに書けず、先生にノートに映してないことが知られて事情をうまく話せず言い訳みたいになってしまい、教室のみんながいる前で怒られたことがありました。
仕事をしているときも例外ではなく、強迫観念が襲ってくれば不安でいっぱいになってしまい、業務に集中することができない。
当然時間どおりに行動することができず、怒られてしまうこともありました。
その他にも色々なことがあり親も同じ人間で親の心にも限界が来ていたのでしょう、親に「あなたなんか産まなければよかった」と言われたことは、本当に悲しく一生忘れることのできない一言でした。
僕は何度も挫けながらもその度にまた立ち上がって生きてきました。
今に至るまで強迫性障害の他に時期は同じではなくそれぞれ別の期間でしたが、パニック障害、うつ病の診断を受けたこともありました。
強迫性障害が寛解した頃に次はパニック障害。
パニック障害を克服できた頃に今度はうつ病。
うつ病が治って今の仕事を始めてから、結婚できて子供が生まれて僕が家族を支えなければならない状況で、今は適応障害になってしまい体調が悪く仕事を休んでおり、妻や周りの人たちに助けてもらってばかり。
病院に通い治療をしていますが、家族に心配と迷惑をかけ、妻は精神的に病んできていて、自分が不甲斐ないと感じ行動しようとしても出来ていないことによって「俺は生きてる価値がない」という気持ちでいっぱいになってしまいます。
心身共に疲弊していて経済的な余裕もなく、今はただ生きるのが辛い中で何とか生きています。
長文になってしまいましたがつまるところ、こんな僕にまた立ち上がって前を向けるよう誰かに優しい言葉をかけていただきたいのだと思います。
最後まで読んでくださったあなたに感謝を。
ありがとうございました。
感想1
タイトルの最初に「やはり」という言葉がついていることに目が留まりました。「やはり」の背景には、それまで「生きてる価値がないのかもしれない」という不安がたくさんあったのかもしれない、そして、その前には「生きてる価値があるはずだ」「生きてる価値があってほしい」という願いをずっと1人で抱えてきた歩みがあったのではないかと思いを巡らせています。
淡々と綴られた経験談は、事実や経過がまとめられていて、感情や気持ちなどが控えめに感じました。だからこそなのか、深い孤独感がそこにあることが伝わってきました。そして、誰か自分の存在に気付いてほしい、自分のことを認めてもらいたいというような、ある種の渇望のようなものも感じました。今は大人になり、大人としての責任や役割も負っている状況だと思いますが、取り残されてしまったまだ子どものあなたが、どこかで一人ぼっちで泣きながら「ここにいるよ、気づいて」と叫んでいる印象です。(私が読んで抱いた印象なので、あなたの思いと違っていたらすみません)
子どもは生まれてくる環境を選べませんし、親も選べません。与えられた環境の中で何とか生き抜こうとします。本来は、家庭を支える社会のサポートがあるべきなのですが、十分ではなく、結果として、子どもがその負担を背負う実態は残念ながら少なくありません。子どものあなたもただただ必死に生き抜いてきたのだろうと思います。よくぞ生き抜いてきましたと、敬意を抱きます。あなた自身も「繊細で神経質」と自己分析していましたが、繊細で感受性豊かな子どもが、過酷な環境下で、我慢に我慢を重ねることが、どれだけ心へダメージを与えたかは、その後のあなたの心の不調にすべて現れていると思いました。大人になった今もなお、メンタルの不調で苦しんでいるということは、あなたの頑張りが足りないとか、弱さではなく、むしろ頑張りすぎたからであり、それまで強く生きてきた証ではないかと思いました。
今は病院や家族、いろいろな人たちの力を借りながら過ごしていて、不甲斐なさや情けなさがあるかもしれません。私には子どもの頃に必要としていたけれど、受けられなかったケアの受け直しをしている大切な時間のように感じています。それは、とても自然なことであり、後ろめたく思う必要は全然ないと思います。そうは言っても、社会的な立場もあるので、やろうと思うことができない苦しみは、タイトルにあるような「生きてる価値がない」という結論に至ることも無理もないと思います。でも、私にはあなたが価値のない存在には思えません。なぜなら、こうして自分の声を言葉にし、誰かに発信しようとしているからです。何ができるかできないかよりも、自分らしく生きようとする証が経験談にはありました。それは誰かに自分のことをわかってほしいという気持ちと同時に、自分自身への労いの気持ちも含まれているように思います。最後に「誰かに優しい言葉をかけていただきたい」と書いていましたが、この経験談を通して、あなたが自分自身に優しい言葉をかけようとしているようにも感じています。