小学校中学年くらいから三人組でした。中学校では引っ越しをしたためみんなとは違う中学校に行きました。だから小学校で終わったと嬉しかったです。その時までは。だけど中学校に入学してからまた三人組が続きました。それも終わったから苦しみから解放されると思いましたが、中2で一部違う友達とまた三人組になりました。三人組の何が辛いかって、一緒に移動したり、喋ったりしているのに気がつけば楽しそうな二人の背中を見ながら歩くこと。自分が省かれたらすごい言うのに、自分じゃなかったらそういう配慮とかして欲しいなって思う。あと、二人にしかわからんこととか今じゃなくていいのに言うのとか意味わからん。一緒におらんといて欲しいなら、そうやって言ってくれな私わからん。そして、仲のいい友達が休んだらこっちにかまってくるのとか意味わかりません。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
三人組
感想2
自分自身の学生時代を思い返しながら、決して珍しいシチュエーションではないはずなのに、こんなにも「わかるなぁ…」と思うこともそうそうないなと感じながら読みました。
「三人組」という言葉だけ聞くと何だか気心知れた間柄の3人という気がしますが、文章の端々の表現からあなたがいかにそれを苦しく思っていたか、気を遣っていたかということを想像しました。もしかしたら、「最初はそんなことはなかった」「そうじゃない時もあるにはある」ということもあるのかもしれませんが、少なくとも今は「三人組」でありながらもなぜか“あなただけ”が蔑ろにされているように感じた私がいます。
他の2人からしたらもう1人と同じように接しているということもあるのかもしれませんが、とてもじゃないけどそうは感じられずにあなたがいるのだとしたら、それは1人でいるときよりもより強く孤独を感じてしまいそうですし、そこにはどこかあなたに対する2人の甘えや依存とも言えるものもあるのかなと私には思えました。
若いときは何かと「仲良くできるかどうか」が大切とされがちで、「拒絶するでも否定するでもなく距離を置く」など、他の選択肢もあることが中々言われないように体感としては思います。「友達だけど」という感覚があってもなくても、そこには距離感もまた別の要素としてあっていいと私は思うので、あなたの中でしんどくならない「三人組」での距離感が見つかってほしいなと思います。
感想1
奇数という人数が今も苦手な私には「わかる、わかる」と頷いてしまう部分も多く、感想を書いています。特に学生時代の集団で強く感じやすいような気がしていて「これが終われば楽になれる」と思っても、続いてしまう連鎖に逃げ場のないような感覚もあったのかなと想像しました。自分がその会話に入っている側ならあまり気にならないのに、入れない側になった途端、不安や悲しさ、怒りまで強くなる。しかも、いつも配慮する側でいるなら、それはかなり息が詰まるだろうなと思いました。そんな感覚は私も身に覚えがあるし、同じように感じたことがある人も少なくないのかなと思います。「自分って本当にこの場に必要なのかな」とぼんやり考えたり、それでも友達から自分を求められるとやっぱり嬉しかったり。人間関係って本当に感情をうごかすなあと改めて感じます。
今も変わらず私は3という人数が苦手です。それでもなんとか過ごしているのは、人数そのものよりも、一緒にいて無理をしなくていい人といることを自分なりに選ぶことで、少し楽になっているのかなと読んでいて気づきました。投稿ありがとうございます。