経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

今日本当にあったことです。こんな最悪な日は他にありません。

今日はめっちゃ最悪な日です。

朝から体調が悪く、嫌々ながらも遅刻して学校へ登校。(中学)

教室のドアを開けた瞬間、鬼ごっこをしていた人とぶつかってしまう。

それで給食後、当番であることを完全に忘れ、慌てて給食室に食器を戻しに行く途中で転びそうになる。クラスメイトや他学年の人らに見られました

5、6時間目の体育に向けて、自分一人だけ体育でなく保健の教科書を持って体育館へ移動してしまう(一人だけ悪目立ち状態です)。

5人チームで運悪く「私が一番最後」になり、チームの先頭の人がバスケットボールを取り忘れてかなり遅れる

他のチームが終わり、シーンとした状況の中、全員に見られながら自分だけドリブルでゴールまで走らされるのが嫌で、交代してくれる人がいました。交代してくれた人は周りから「代わってくれてかわいそう」と言われつつ、「頑張れー!」という応援をされてて複雑な気持ちになる。

集合に気づかず置き去り:悔しくて泣いていたため、みんなが整列していることに気づかず、端っこでつったってた。1分ほどみんなを待たせてしまい、誰も心配してくれない。

放課後の「係決め」や「今後の予定表作り」があったことを完全に忘れてしまってた。

先生や親からの電話もなく、家族も留守。友達とも疎遠になり、学校生活でLINEを交換する相手すら一人もいないという絶滅感で1日が終わる…。

感想1

だから学校に行きたくなかったという、あなたの声が聞こえてくるような気持ちで読ませてもらいました。体調も悪くしんどい中、教室に向かうと早々にぶつかられる。教室で鬼ごっことか想定外。動揺がしばらく続きいつの間にか給食時間、当番も忘れるほど学校の日常は何だか慌ただしい。気持ちと体を同時に動かすことは、誰かの視線の中では実は難しいように思います。

私は全然体育が好きではなかったので体育館に行ったあなたに拍手でしたが、皆と違う行動を取るということが学校ではすごく突飛なこととして見られてしまうことを思い出し、そのことはやっぱりあなたの感じていた最悪に輪をかけたのだろうと思いました。その後の、自分以外への応援はあなたをクラクラとさせたことも想像します。

色んなことがあったのに、色んなことがあったと共有できない寂しさは、絶滅感と言う名の孤独時間だったのかなと感じました。皆が同じテンポで行動しなければならない時間が多い学校は、その流れに乗れる自分、乗れない自分など、隔たりをつくりやすいように思います。乗りたくない自分がいてもいいように思います、よければまた気持ちを綴りにきてください。投稿ありがとうございました。

感想2

切り取られた日常の1ページを垣間見させてもらってるだけのはずなのに、「これだけのことを円滑に、波風を立てずにやらなければいけないのか…」と私自身の学校時代を思い出しつつ、学校という場所の特殊性をひしひしと感じながら読みました。

みんながみんな同じことを同じようにできることを求められるのに、そこには人数の分だけ価値観も考えもあることを考えると、そもそも学校という場所自体が矛盾した性質を持っている気が個人的にはしています。

勉強、人間関係、過ごし方などなど、さまざまなものが学校にはあると思いますが、そこには本来人によっての違いや変化があって当然のはずなのに、どこか「選択を間違えられない」、「自分の中に違う答えを持っていてもそれを表に出せない」といった空気を強要されているようでとても窮屈に感じさせられるように思います。(私自身もそうでした…)

そういった「得体の知れない空気」のようなものが、自分と他者との状況に違いを生み出した瞬間に一気に人からの視線や無言でも感じる言葉となって襲いかかってきて、周囲からはもちろん、自分自身ですら自分に向けてしまう攻撃性となりえてしまうように勝手ながらに思ってしまう私がいます。

文章全体を通して、1日単位だとしても学校という場所で起こる慌ただしさややることの多さにあなた自身が疲れていたり、振り回されているようにもどこか感じつつ、それでも学校に行こうとしている姿勢にはあなたの意思の強さのようなものを感じています。ただ、そうは言っても、人間関係含めどこか一人で乗りきらなければいけないようにも見える状況は心苦しくなると思うので、あなたにとっての気持ちを吐き出せるものが何かしら見つかってほしいと勝手ながらに思いました。

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