経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
幼稚園の頃、給食の時間が嫌いでした。年中の時、食べるのが遅くて年少さんクラスで食べさせられてました。倉庫で食べる日もありました。
小学生にあがりました。
小学生の時も給食の時間が嫌いでした。今もですが、小4ぐらいまであまりにも食べる速さが遅かったんです。小1の時給食とあと掃除だったんですけどそれ通り越して昼休みまでご飯を食べてました。
自分だけでした。とても辛かったです。小3の時、食器を班のみんなで分けて片付けてたんですけど、毎回自分だけ多くて、でも笑って「大丈夫」しか言えなかったです。
時は経ち、中学生になりました。
毎日死にたくて辛かったです。
腕や太ももを切り続けていました。
まだ学校に行けてる時期でした。先生に切っているのがバレて親にもバレました。
お母さんになんで切ったのって言われて、答えられませんでした。
そこから学校に行けなくなりました。2ヶ月ぐらい経った時父親から、「お前のせいでお母さんが壊れかけてる」「産んだの間違いだったかな」「お前のせいで家庭崩壊になる」などと言われました。
自分はもう壊れてました。
毎日死にたくて、辛くて、明日なんて来なければいいのにって思いました。ある日死のうと思って行動に移そうとしました。兄がリビングに来る足音がしてハッとして持ち直しました。今思えばあの時兄が来てよかったと思います。
中1の11月頃から親に頼んでカウンセリングに行ってました。
中2に上がって数ヶ月した頃、我慢できなくて入院しました。
その時判明したのは、ASD傾向があることでした。
そう言われて説明がつきました。
小学生の頃から板書が苦手で、耳から入る情報も苦手でした。目から入る情報は得意でした。
小学1年生からずっと、みんな書き終わってるのに自分だけ書き終わらなくて焦ってました。
休み時間使っても書き終わらなかったんです。それならいいやと諦めました。
中学に上がって、大事なとこ言うよーと言われメモをしてたんですけど、最後まで聞いてからメモを取ろうとしてました。書こうとした時に先生が話してた内容を忘れて結局書けなくて、しんどかったです。みんなが普通にできてることが自分には出来なくて、何も出来なくなって頑張るのをやめました。勉強も全部やめました。
でも入院中は院内学級に通っていたので、勉強を避けることは出来ず、やってました。院内学級はめっちゃ楽しかったです。そこで、今も関わってくれてる友達も出来ました。
退院しました。
退院してからは大変でした。
メンタルがまたおかしくなりました。毎日死にたいと思ってました。
通信制の高校に入学して、バイトを始めてから少しだった時から安定し始めました。たまにメンタルがおかしくなるぐらいでした。バイトで任される仕事の数が増えてきてバイトで壊れました。過呼吸になって泣いて立てなくなりました。今もやめてはいないです。辞めたいけど辞めたくない気持ちもあります。なので続けてます。
数ヶ月前落ち着いてきて最高と思っていたのに、ここ最近メンタルが落ち続けていて、突然泣いたり、辛くなったり、頭を強くずっと叩いたり、叫びたくなったり何かを叩きたくなったりしてます。
メンタル落ちてる理由はわかります。姉と喧嘩してそこから自分だけ気まづくなっていることと、バイトのこと、大学進学のことです。
勉強嫌いなのに大学行きたいって思ってます。馬鹿ですよね。
高2なのに中学の英数国ほとんど解けないんです。親にも学費もそうだけど勉強嫌いなら行かなくてもいいよと言われました。
そう言われて、言えなくなりました。もう伝えるのが怖いです。
学校の先生にも相談しました。
でもまだ伝えるタイミングが分かりません。母親も最近不安定だし、父親に話すのはなんか億劫です。
バイトの貯金が今21万程あります。沢山貯めて、奨学金借りて大学行こうかなと思ってます。それでも親に話さなければいけないだろうから、どうにか頑張ります。
今、友達に病院行けと言われるほどやばいらしいです。バイト以外で外に出る元気がないので行けてません。
多分行きません。もうこれ以上親に心配はかけたくないし迷惑はかけたくないので、ずっと一人で何とかします。今までできたんで大丈夫だと思いたいです。
誰かに相談して、スッキリするらしいですが、自分はスッキリしません。逆にもっと辛くなります。
なんでかわかりません。
毎日思ってます。大丈夫になりたいと。こんなボロボロな自分を愛してくれる方はいるのでしょうか?
家族との関係はもうとっくに壊れてます。相談してたらもうとっくにしてます。
母親は首の手術をして不自由に過ごしてます。体は動かせるけど首から上が自由に動かないみたいです。
母親が首が痛いと言ったら、薬を持っていき、背中や首に湿布貼りを毎日のようにしてます。
母親の痛いを聞くだけでなんか嫌になります。何もしたく無くなります。こんな自分でごめんなさいと思います。
父親がたくさん稼いでくれていて、
首より上が不自由な母親がパートもやりながら料理も洗濯物もほとんど全部やってくれてます。こんなことを思ってしまう自分は親不孝者でしょうか。
感想1
一番最初に私が思ったのは、経験談を書いてみて、どんな気持ちになったのだろうか
ということでした。そんな中で、ただただ聞いてほしい、タイトルにそう書かれていたので、あなたがなぜそのタイトルにしたのか、自分なりにその時々の情景を思い浮かべながら、読んでみました。
実際に読んでみて、子どもの頃から、色々な大変さがあって、そんな大変さをわかってくれる、ただ聞いてくれる、そんな自分でも受け止められる、そう実感できる瞬間が少なかったのかなと私は思いました。
腕や、太ももを切ることも、大変な日常をやり過ごすための手段だったのだろうと思いますし、その行為はあなたが日常に生きづらさを感じているというSOSだったのではないかと思いました。
だけど、父親さんからのあなたへの言葉はあなた自身を傷つける、そして自分は本当に愛されているのか、頼れる人はいないんじゃないか、そう考えさせられる出来事だったのではないかと思いました。(個人的にも胸がえぐられる感覚でした。)加えて、その当時の母親さんの反応もですし、物心ついた時から、母親さん自身も体が不自由な部分があるとのことだったので、どこか、頼れない、自分がケアしなければならない、そういう想いから、母親さんにも頼れない、負担をかけてしまうかもしれないと、自分自身で抱えるしかなくなってしまったのかなと私自身は考えました。
だから、「こんなボロボロな自分を愛してくれる方はいるのでしょうか?」とあなたが問いかけていたのかなと私は思いました。
それぐらいには、父親さんが稼ぎ、母親さんも家のこともしてくれているとはいえども、あなた自身の中で「甘えられなかった」「自分を受け止めてもらえなかった(愛されていない)」そんな感覚が強い上に、自分でしんどいことも乗り越えてきたからこそ、もう自分のことは自分でしているんだから、周りの人にも自分のことは自分でしてほしい、自分にもそんな余裕はない…と、誰のケアもしたくないと思うのは自然なことのように私には思えました。そして、あなた自身も、そんな自分にも嫌になってしまったり、子どもの頃から場の空気を崩さないために笑ってごまかしたりされるところから、こんな状況下でも人を思いやろうとする強さを感じ、それに伴い、大変だったこともあっただろうと思うと、心が張り裂けそうな感覚でした。
ただただ聞けているのかはわかりませんが、私の率直な感想を述べてみました。
またよかったら、書きにきてみてください。
ありがとうございました。
感想2
小さなころから苦手なことが多かったけれど、なんとか周りと同じようにこなそうとして苦労してきたこと、それで心身ともに疲れ切ってしまったことが痛いほど伝わりました。今まで、辛いことを辛いと言える機会がなくて、我慢して一人で頑張ろうとするほかなかったんだろうなと想像すると、胸が痛くなります。
給食も板書も、困っているあなたを大人たちは見ていただろうに、周りと同じようにそれらを成し遂げさせようとするのではなく、あなたの負担にならないような方法を一緒に考えてほしかったなという悔しい気持ちになりました。私も発達特性がある身で、日常生活で苦労もするし、学校に行くことが苦痛で仕方なかったことを振り返ると、「みんなと同じように」を強いられることで壊れていったなと思います。
自傷や不登校はあなたの苦しい気持ちを少しでも紛らわせたり、苦しみから逃れる数少ない手段だったと私は思いましたが、その行動の根本にある苦しみを誰にも理解されず、行動だけを責め立てられても何も解決しないどころか、ますます辛さを加速させるだけだったろうと感じました。
一つの環境に無理やり適合させようとするのではなく、あなたにとって院内学級が楽しく感じられたように、人それぞれに過ごしやすい環境はあるはずで、それを模索できるようになってほしいと心から思います。
今も、バイトや家族のことや進路のことで辛くなっているとのこと、このシチュエーションでは不安になって当然だと思いました。自分のキャパシティを越えたバイトをしながら身体を痛めている家族を支え、進路を考えること、一人で抱えるにはいっぱいいっぱいだと私は感じました。
大学は勉強する場というイメージが強いけれど、この「勉強」は高校までのものと違って与えられた課題をただただやるという性質のものではなく、自分の興味関心に基づいて探究するものであるという点で非常に自由であると私は感じています。その他にも、何か自分の興味を強く惹くものと出会えたり、新しい人間関係を築いたり、見識を深めて自分の視野や進路を広げたりできる場でもあると思うので、多分あなたは勉強以外のものを含めて、大学進学という進路に可能性や希望を感じているのかなという気がしました。
私も誰かに相談するのは苦手だし、つい最近まで相談して何になるのかと思っていました。弱音を聞いてもらうこと自体が申し訳ないし、弱音を吐くということ自体がやってはいけないことで、それをするとなんだか負けた気になると考えていました。でも、ただ自分の話を相手に受け止めてもらう、今の自分の状態を報告することは、自分がここに生きていることを知ってもらえたような気がして安心すると今は感じます。また、あなたがここに投稿してくれたことで、あなたがどういう経験をして、どんな思いで今まで生きてきたのか、今生きているのか知れたこと、とても有難く思います。もしよかったら、また気持ちを書きにきてください。
感想1
一番最初に私が思ったのは、経験談を書いてみて、どんな気持ちになったのだろうか
ということでした。そんな中で、ただただ聞いてほしい、タイトルにそう書かれていたので、あなたがなぜそのタイトルにしたのか、自分なりにその時々の情景を思い浮かべながら、読んでみました。
実際に読んでみて、子どもの頃から、色々な大変さがあって、そんな大変さをわかってくれる、ただ聞いてくれる、そんな自分でも受け止められる、そう実感できる瞬間が少なかったのかなと私は思いました。
腕や、太ももを切ることも、大変な日常をやり過ごすための手段だったのだろうと思いますし、その行為はあなたが日常に生きづらさを感じているというSOSだったのではないかと思いました。
だけど、父親さんからのあなたへの言葉はあなた自身を傷つける、そして自分は本当に愛されているのか、頼れる人はいないんじゃないか、そう考えさせられる出来事だったのではないかと思いました。(個人的にも胸がえぐられる感覚でした。)加えて、その当時の母親さんの反応もですし、物心ついた時から、母親さん自身も体が不自由な部分があるとのことだったので、どこか、頼れない、自分がケアしなければならない、そういう想いから、母親さんにも頼れない、負担をかけてしまうかもしれないと、自分自身で抱えるしかなくなってしまったのかなと私自身は考えました。
だから、「こんなボロボロな自分を愛してくれる方はいるのでしょうか?」とあなたが問いかけていたのかなと私は思いました。
それぐらいには、父親さんが稼ぎ、母親さんも家のこともしてくれているとはいえども、あなた自身の中で「甘えられなかった」「自分を受け止めてもらえなかった(愛されていない)」そんな感覚が強い上に、自分でしんどいことも乗り越えてきたからこそ、もう自分のことは自分でしているんだから、周りの人にも自分のことは自分でしてほしい、自分にもそんな余裕はない…と、誰のケアもしたくないと思うのは自然なことのように私には思えました。そして、あなた自身も、そんな自分にも嫌になってしまったり、子どもの頃から場の空気を崩さないために笑ってごまかしたりされるところから、こんな状況下でも人を思いやろうとする強さを感じ、それに伴い、大変だったこともあっただろうと思うと、心が張り裂けそうな感覚でした。
ただただ聞けているのかはわかりませんが、私の率直な感想を述べてみました。
またよかったら、書きにきてみてください。
ありがとうございました。