経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

淋しい

虐待環境で誰も助けはなかった。
無戸籍の私生児だった。
私はなんとか親に可愛がってもらうため、外では居場所を確保するため、いつも立派でお利口でいる事を自分に課していた。
淋しいなんて言ったら、怠け者‼️
ってめちゃくちゃ怒られるから。
そんなに自分が可愛いのか💢💢💢
って体罰されたから。
私は天使みたいでいなくちゃ
って思い込んでた。
親からはお前なんかホームレスになって死ね‼️と突然叫ばれたりした。
いつもお前さえいなければ‼️
お前はみんなとは違うから‼️
って言われてた。
親が死んでから30年
死ぬ日を待ちながら過ごしてきた。
どうしても死にたくなって、6年通う不眠治療のメンタルクリニックで、死にたい
と話して、鬱治療を初めて3カ月たった。
さっき、
私はずっとさみしかったんだ
と言葉になった。
いつも自分をゆるせなくて、生きてるのが苦しかったけど、
私はずっとさみしかったんだって感じられて、私もみんなと同じでいいんだ、
私にも人権があるんだって、感激中です。

感想1

いつでも、自分じゃない誰かに安全を握られているような、緊張の中を生きていたのではないかと想像しました。
どうにかして生きていかなければという気持ち(生存本能?)と、早く死んでしまいたいという苦しさが、あなたの中に共存していたのではないかと思い、それは親がなくなってからも長く続いていたのかなと思います。
誰の助けもなく、身を守ったり居場所を確保するためにお利口でいなければならなかったり、みんなと違うと言われてきたり、孤独の中を生きてきたという感じがしました。それが当たり前の環境を生きてきたのなら、さみしいという感情があっても、気づくのは難しいかもしれないと思いました。
治療のなかで、さみしいという感情を自分の中に見つけたとき、ホッとしたような気持ちもあったのだろうかなと想像しています。みんなと同じようにあなたにも人権があるということを、実感できる今があることに、よかったと思いつつ、あなたにとってそれは驚くことであったのだなとも感じました。
治療やこうした気持ちを書き起こす行為、日々の暮らしのなかに、あなたというひとりの人間が生きている実感がこれからもあるといいな、と思いました。

感想2

長いときを経て、「さみしかった」という奥のほうに押し込んできた(と感じることすらしまい込んでいたかもしれない)気持ちを感じることを許し、そして言葉にもなったのですね。その感激をこのように投稿し、共有しようとしていただきありがとうございます。
幼少期から助けなどないように感じられる中で身につけてきた、というより、身につけざるを得なかった自分を律すること。小さな頃のあなたが、なんとかその環境で生きるために、そのままの感情や存在では受け入れられないと言い聞かせるようにして立派でお利口で、天使みたいにいられるように過ごしてきたのですね…私は投稿を読みながら、長くそうし続けることで、こうあらねばと思い込んでいることや、自分にそれを課しているということ自体忘れていた時期もあったのかなとも感じました。そしてもしかすると、親から怒られたり、叫ばれたりするときにいつも投げつけられてきた言葉たちや繰り返し向けられてきた感覚は内側に取り込まれ、親が亡くなってからも今度はあなたがあなた自身に向けてきたのかもしれない…さらに、そうと気づく機会や余裕もない中で自分を許すことが難しく、言葉にして誰かに伝えることも諦めてしまいそうな死にたい気持ちと歩んで来たのかなと、そんな想像をしながら読みました。
でも、こうして感激を共有してもらって、奥のほうでほんとうに待っていたのは死ぬ日ではなく、さみしさや怒りなどの感情も含めた飾らないあなたを少し安心して表すことのできる日だったり、ほっと気持ちが緩まる時だったりするのかもしれない…と感じています。

一覧へ戻る