家族と会うと、いつも私の価値について考えさせられます。
まず母です。
以前、母のことでここに書き込みさせて頂きました。
母はとても情緒不安定で、喧嘩の絶えない相手でした。
「普通の人ができることがなぜ出来ないのか」「面倒くさい」というのが叱り文句で、私が失敗をすると大体その言葉と大きなため息なんかが出てきます。
自分の気持ちを落ち着かせたくて部屋に逃げ込んでも、どれだけ鍵のないドアを布団で塞いでも、無理やりこじ開けて入ってきて、何度も何度も出てってと訴えても、これ以上聞きたくなくて大声を出しても、布団の中に潜り込んでも、布団を無理やり剥ごうとして、私に負けない大声で母が満足するまで罵詈雑言の嵐。
普段は割と優しい母ですが、機嫌が良い時に「この言葉は嫌だった」と真面目に言っても、なんの悪気もなく「だって本当のことだもん」と言われ、怒りからの出まかせではなく、全て本心だったんだなと思った出来事もありました。
兄はメンタルが弱くて心配だけど、私は虐められた経験があって強いから大丈夫、と言われたり、友達を連れていった時にはいかに私が出来ない子供であるかを熱弁します。
(兄に対しても、奥さんにどれだけ兄ができない人なのかを熱弁したり、育て方を間違えたと発言したこともあります。
兄は優秀なので、兄で間違えたのなら私は…と考えたことも)
つい最近も、同性の子と付き合っている事を勇気をだして打ち明け、1度は受け入れてくれたものの、数日後には「同じ職場の男性と結婚してくれたらお母さんは安心するのにな」と言われ、かなりショックでした。
ADHDだと診断された時も、1度受け入れてくれても、いつ治るのかと言われます。
ただ私も私で負けず嫌いだったので、母が罵ってくれば罵り、叩いてくれば叩いてました。(最近は諦めにも近いような形で落ち着いてきてますが)
そんな事が十数年続いていたので、私は今でも母とまともな会話ができません。
母は一生懸命話しかけに来てくれますが、「うん」「ん」ぐらいしか返せず、笑顔も作れませんし、触られるのも嫌悪感が出てしまいます。
母からは「いつも不機嫌だね」と言われる始末です。
LINE上では母のいい所が目立つので、普通に文章は打てるのですが…。
次に父です。
父は簡単に言えば、放任主義でした。
母と私が大喧嘩している時も、深夜2時に小学生の私が家出をした時も、特に何もせず仕事が終わり次第、部屋に籠っていました。
(家出の時は母も探してはくれませんでしたが)
母が怒った時、対応するのが面倒だったんだと思います。
母もそれを分かっていて、頼れる人が家にいなくて余計に情緒不安定にはなりやすかったんだと思います。
父が重い腰を上げて出てくるのは、母がしつこく何とか言ってやれと抗議してきた時や、喧嘩の声がうるさい時などのとばっちりを食った時です。
今では父とそれなりに仲良くはやっています。
でも、つい先日、私が「同性の子と付き合っている」と言った時は明るく受け入れて貰えましたが、「母に男性と結婚してくれたら安心だと言われて傷付いた」という話をした時、スルーされました。
本当に何も言ってくれないまま、何事も無かったかのように別の話に切り替わりました。
ああ、そういう感じか、と思いました。
最後は兄です。
兄は幼少期から私の面倒を見てくれてた普通に良い兄です。
努力家で勉強もしっかりして、奥さんもいて、将来に困らない職につくことができている、優秀な人です。
喧嘩はあまりなかったですが、母と私の喧嘩の仲裁に入ってきた時に、私が余裕無くて、兄に「虐められたこともないくせに」「うざい」などの酷い言葉を浴びせてしまった時もありました。
それでも大人しかった兄から1度だけ思い切り蹴られた記憶があるので、母と私の喧嘩が相当ストレスだったのだと思います。
心理的虐待みたいな感じでしょうか。
兄にとっては、私も加害者になっていたのだと思います。
つらつらと私が今までの恨みつらみを吐きたくて被害者のような感じで述べましたが、実の所、家族にとって私は加害者だったのだと思います。
最初から努力が出来る子であればよかった。
癇癪を起こすような子供ではなく、自分の感情をコントロール出来る子であればよかった。
負けず嫌いなどではなく、大人しくできる子であれば良かった。
面倒な子に生まれて来なければ、家族はみんな穏やかに過ごせていたのではないかと、実家に帰る度に考えてしまいます。
家族から嫌われているとは思ってません。
私が居なくなれば、きっと泣いて悲しんで、何年か引きずると分かるぐらいには、愛されていると感じてはいるからです。(特に母)
ただ、どうしても。
私は家族が自分の居場所と思えません。
私にそんな価値はないと思ってしまうからです。
私がいなければ良かったのだと実家に帰る度考えて、自分の死後にかかるであろうお金を貯める為に生きていた頃に戻ってしまうからです。
母の頭を悩ませ、父にとっての面倒事で、兄のストレスでしかない私は、本当に生まれてきて良かったのでしょうか。
感想1
文章を読んでいて、子ども時代からのあなたが自分を精一杯守ろうにも、勝手に踏み込まれ続けるような状況の中で生きてきたことを感じました。冒頭に「家族と会うと、」とあったので、距離を取れているときには、あなたの感覚は変わってくるのかな、と想像していました。
私自身も父に暴言を浴びせられて育ったのですが、離れて暮らしていると自分なりに楽しくしていられても、父から連絡があったり物理的に距離が近くなると、子ども時代に感じてきた感覚に時間まで巻き戻るような心地になることがあります。そして私自身も、私が一番の加害者なのではないかとずっと思い続けてきたので、なんだか人ごとと思えない気持ちで読みました。人権とかいろいろを学ぶうちに、いやそんなことはないなと思うようになったのですが、メンタルの調子が悪くなると、子ども時代の加害意識にとらわれることは今も多いです。
「普通の人ができる」といった表現から、あなたの母親さんは「こうあるべき」というようなジャッジの意識が刷り込まれて生きてきた人なのかなぁと想像しました。私は人間は多様である方が可能性として開けていると思っているのですが、世の中的には「普通であれ」とう風潮は強いし、知らず知らず自分も内面化していることの多さを感じています。ちなみに、私自身もADHDで、おそらく両親だけでなく、親戚にもニューロダイバーシティーの中でマイノリティ寄りだろうなという性質の人たちが多い環境だったのですが、その中にはマイノリティー性を「潜り抜けてきた」ことでむしろ「社会の中でこうあるべき」という価値観を強く持っている人も多くて、むずかしいものだと思っています。あなたの母親さんは情緒不安定とも書いてありましたが、若い頃どんな経験をして「普通の人ができることがなぜ出来ないのか」「面倒くさい」と子育てのときに言わずにいられない状況になってしまったのだろう……と勝手に思いを巡らせたりしていました。
また、母親さんの問題はもちろんのこと、「母に男性と結婚してくれたら安心だと言われて傷付いた」ということを伝えた時の父親さんの様子を読んでいても、当たり障りのない範囲では話すことができても、あなたの味方を買って出てくれるような存在ではないのかなとも思いました。私は家族だからと言って仲良くする必要も関わる必要も責任もないと思っていますが、親というか、子どもを養育する立場にある大人には、一定の責任があると考えています。ただ、それが果たされない状況の中、あなたとあなたの兄は大人になるしかなかったようにも感じました。もちろん、それはあなたの過去の全部が悪いことだったと言いたいわけではありません。また、そもそも親だけが子どもと家族として関わるような状況自体が孤立したものであることも多いように感じていて、それは社会構造の問題だとも思っています。
すくなくともあなたが責任を感じることではなくて、むしろその「責任を感じてしまう」ということがどこからきているのだろうと気になりました。実家に帰り物理的に近づくことが、これまで幾度となく浴びせられていた母親さんの論理に、あなたが引き戻されてしまうということなのかなと想像しています。もしかしたら、家以外の場所でも「価値があるかないか」を勝手にジャッジするような論理を見聞きする中で、ぐらりとそちらに引き寄せられてしまう瞬間もあるのかなとも思っています。
「どうしても私は家族が自分の居場所と思えません。」とあって、最初に読んでまず、そんなの全然それでいいよ!私もそうだよ!という気持ちに個人的にはなりました。でも「どうしても」とあるくらい、あなたは何度も何度も「家族が居場所だと思うべきだ」と考えてきたのだろうなと思います。それは、そう思わせてしまうような圧力が世の中とか、あなたの周囲にもすくなからず存在するからだろうと考えていました。家族主義みたいな価値観はいまだに多いし、だれがどんな人とどんなふうに生きて、どこを居場所にしてもいいって、まだ世の中では、とくに日本ではなってなさすぎると思います。
だけどあなたが感じていることをそのまま感じていいし、感じていないことを、自分を曲げて感じようとする必要はまったくないと言いたいなと思いました。そして、世の中の方が、もっと柔軟で、いろいろな生き方を自然なものとして認めて支えるものになってほしいと思っています。
あなたの感じたことを言葉にして送ってくれてありがとうございます。いま、あなたはどう過ごしているのだろうと気になっています。