経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

後悔ばかり

産後一年で職場復帰予定でしたが、元々の職場ではなく、片道1時間以上かかる違う職場への転勤を命じられて、育児と仕事の両立に不安を感じて、転職しました。
しかし、転職せずに元の職場で勤務していた方がキャリア的には望ましく、元の職場の上司からは辞めたことについて激怒されていると噂で聞きました。
新しい職場は比較的楽ではありますが、このまま続けていても経験が積めずに役立たずになるのではないか、とか、学生時代含めて今まで努力して来た意味がなくなるのではないか、など考えてしまい、眠れなくなる日も多く、子供の面倒を見ていても不安になってうまく笑えずにイライラしてしまう時があります。

そんな気持ちを抱えながらも仕事、家事育児をなんとかこなしていましたが、わたしが体調不良を拗らせてしまいメンタルも最悪になってしまったときに、夫から心配されるどころか心無い罵声を浴びせられてしまい、もう終わりだと思い別居しました。
夫は何不自由なく仕事を続けられてキャリアを積めているのに、私だけ転職して楽な仕事をしていると思っている様子です。

なぜ転職してしまったのか、夫と結婚してしまったのか、後悔ばかりです。
今までの人生も部活やバイトなどは嫌なことがあるとすぐに逃げる癖があります。人間関係もうまく築けないので、友人はほとんどいなくて夫に依存した人生でした。
こんな人間が母親で、子供にも申し訳ないです。

感想1

ライフステージやライフスタイル、変化する日常に何とか適応しようとしているのに、そこで生じる不都合や負荷を全部あなたが抱えさせられているように感じて、思わずやりきれなさを感じながら読みました。

結婚や出産、育児はそれだけで日常や人生単位においての変化ではかなり大きいもののように個人的には感じます。それに加えて、「生活のため」「生きていくため」の仕事や転職となるとさらに考えること悩むことは増える気がしますし、子どものため、自身のキャリアのためとはいえ選択を迫られることはかなりの負担があるように想像しました。

自分一人が働き続けると考えるともう少し選択肢や幅や余裕なども生まれてくるのかもしれませんが、家庭という形を作るとある程度現状や未来に対してよりシビアなまなざしになるのは自然なことのように思えます。それは判断の難しい部分がありつつも、自身のキャリアを天秤にかけながらも転職することを選んだことにも表れている気がしますし、迷いながらもあなたがとったベストな選択だったのだろうと感じます。

ただ、そうは言っても変化を伴う自分の選択に迷いや不安が生じてしまうことも往々にしてある気がしますし、転職してからの耳に入ってきた以前の職場からの言葉や育児による疲れや負担は今やこれまでの自分にまで不安を突き立ててしまうことになっているのかなと思わず感じた私がいます。

本来ならそこで夫さんから、あなたが生活や家事育児のため選んだ選択に理解や配慮があるのがパートナーとしての在り方なのかなと私には思えますが、実際には罵声やあなたの仕事を軽んじる言動などがあったことには少なからずの憤りを感じてしまうのとともに、生活や家庭を共に作っていく存在としてあまりにもフェアじゃないと私には思えました。

現状と未来の見据え方にギャップがある中であなたが別居という形を選んだことには不安も大きいであろう中、少しホッとしている私がいるのが率直な気持ちです。文末にはあなた自身のこれまでや人間関係への不安、夫さんへの依存が綴られていましたが、今あなたが感じている辛さや苦しさは、自分や子どもさんのことを真剣に考えて向き合っているからこそのことに私には感じられました。とはいえ、一人で抱えることには限界があるとも思うので、可能であれば行政や支援や相談など、頼れるものを頼ったりしつつあなたの今の負担が少しでも軽くなってほしいなと思います。

感想2

母親になった途端に、自分自身のキャリアやこれまで積み上げてきたものを後回しにすることを求められているような、そんな苦しさが伝わってきました。私自身も出産や育児を経験して、仕事やキャリアについて、以前と同じようにはいかないと感じたことがあるし、その苦しさや葛藤も誰のせいでもないからこそ苦しくて、そんな想いがあなたの経験談に少し重なるように感じました。

子どものことを大切に思っていることと、自分自身の仕事やキャリアを大切にしたいと思うことは、本来どちらか一つを選ばなければいけないものではないと思います。でも実際には、育児の負担はどうしても母親側に寄りやすく、働き方を変えたり、キャリアを諦めたりするのもまだまだ女性側になりやすい社会なのだと思います。
「このままでは役立たずになるのではないか」という不安は、単に仕事の能力についての心配だけではなく、これまで努力して身につけてきたものや、自分が自分であるために大切にしてきたものまで失ってしまうような怖さなのかなと感じました。子どもが可愛くないわけでも、育児をしたくないわけでもない。ただ、「母親」という役割だけではなく、その前から一人の人として築いてきた自分の人生も大切にしたい。その気持ちは当たり前で、決してわがままではないと思います。

育休から働きに出るということは、“戻る“と見えるようで、実際には体力的にも精神的にも負担がかかるし、子供がいる中で働くという環境面でも大きく変化し、とても負荷が高いことだと実感しています。それなのに、頑張って仕事も家事も育児もして、体調まで崩してしまった時に、安心して頼れるはずの人から責められてしまったのだとしたら、これまで抱えてきたものが一気に崩れてしまうのも無理はないと思いました。別居を選んだというのもそれだけ限界だったのかなと想像できます。

本当なら、育児をするために仕事を変えることを「キャリアを諦めた」と捉えることのないような、家族の生活と同時に、あなたの気持ちも同じように大切にして、人生をどうしていきたいか、どう両立させていくかを考える機会や時間があったらよかったけれど、そういった機会を持つには社会は慌ただし過ぎて、難しいなと苦しく思います。
これまで逃げてしまったことや、人間関係がうまく築けなかったことを振り返って、自分自身を責めているようにも感じました。でも、今の選択が自分の人生をすべて決めてしまったわけではないと思います。今は母親としてどうするかだけではなく、あなた自身がこれからどんなふうに生きていきたいのかも考える時間があってもいいのではないかなと思いました。

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