経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きるって難しい

転職活動中、29歳女です。

前職では保育士をしていました。
職場のぐちゃぐちゃな人間関係、休日を削っても終わらない業務量に追われ、傷つき、ストレスを感じる毎日でした。
このままの生活では自分がダメになる、そう思って退職しました。
仕事を辞めたら楽になれる。自分の時間を大切にできる。でも、違いました。
忙しく働いていた時間がなくなった分、常に不安が支配するようになりました。
「どこも採用してくれなかったら」
「新しい職場でもうまくいかなかったら」「みんなは働いてるのに私は何をやっているんだろう」等、ネガティブなことばかり考えて涙が出たり眠れなかったり、気持ちが不安定になったり、、。
前は楽しいと思っていたことが楽しく感じられなくなって、自分が社会の歯車から外れている申し訳なさを感じながら過ごしています。ごめんなさい。

人生はマラソンと同じで、きっと今は自分にとって苦しい登り坂の最中。登り切った先に明るい未来が待っているといいな。

感想1

働くことや変化すること、その難しさやままならなさが切実に込められているように感じながら読みました。

人間関係の不和や捌けないタスク、傷つきやストレスがある職場を離れることには、自分を守るためでありながらも勇気も覚悟も必要なことだったのだろうと想像しています。それは、その瞬間の自分の負荷や辛さを考えるとベストな選択であるはずなのに、「一時的に社会から離れている時間」と考えると不安や焦燥感に駆られることも多いように(私自身の経験としても)思えます。

考え込んだり、不安に苛まれることの多くは自分の時間が多い状態なのかなと私自身は思いますが、それでも無理を押してストレスの渦中に身を投じ続けなければいけないことが正解でもないのが、(仕事においては特に)悩みの種でもある気がします。

今を維持しようとする力と変えようとする力、矛盾する二つの性質を一緒に共有しているのが人間なのかなと思いますが、仕事はその最たるもののように感じます。それで言うと、「転職」という形をとったあなたの行動は、守れる物もあるなかで恒常性に縛られずにリスクを抱えながらも踏み出した一歩のように勝手ながらに感じた私がいます。(私にはそれがなかなかできなかったので。。。)

もちろん、どちらが正しいというわけでもありませんし、人によっても違うでしょうし、答えが出るのもまだ先の事なのかもしれません。ですが、不安の渦中にいながらも文末に未来を想う気持ちが綴られているように、自分を信じて決めたあなたの道が「いい選択だった」と思えるこれからになってほしいなと思います。

感想2

投稿ありがとうございます。
「社会の歯車」…言わんとしていることはやんわりだけどわかるなぁ…と感じ、だけど同時にそもそも私たちは「社会の歯車」であるべきなのだろうか、という疑問がわき上がってきました。
前職での体験は大きな錘(おもり)となっているのかなと感じました。当時の自分を守るための退職だったのかなと感じますし、「今のつらく苦しい環境から解放される」という羨望の気持ちも含んだものだったのかなとも感じます。
次のステップへの足取りが重く感じる中、あなたの中で「先の不安」「現実的な最悪のケース」と、「だけどやらなきゃいけない」という思いが強くぶつかり合っているように感じました。考えるほど周囲との比較は加速してしまうし、よくないと理解していても思考は止まってくれない…とループ状態に陥ってしまうのかなと個人的に感じました。
周囲の存在が絡んでくると必然的に「自分が社会の歯車から外れている」という認識がよりはっきりと浮かび上がってくるような感覚があると私は感じ、そういった感覚があなたを苦しめているのかなと感じました。

人生はマラソン、私もそうであってほしいという思いがあります。苦しいばかりでなく、その中に少しでもあなたのその先を照らすものがあればいいなと思います。

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