経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

普通でいいのに

私の母は、4回離婚しています。
私は3人目の旦那の子供で、双子でした

4人目の旦那と再婚した時
私は4人目の旦那(以後父)と上手く関係が築けませんでした。

血が繋がってない、元旦那に顔が似てる
そんな理由から家に入れて貰えず、毎日倉庫で双子の妹と過ごしていました。

日々ストレス発散に殴られ、小学一年生になった頃から性的暴行も日々されました
7度父の子供を中絶しました。
父がお金を貰い、知らない人から性的暴行を受けることも多々ありました。
食事は貰えず、犬の餌や雑草などを食べていました。

そんな中、双子の妹は私の目の前で自殺していきました。
この時一緒に死ななかった事を今でも後悔しています。

妹が自殺する前日、私にアクセサリーのプレゼントをしてくれました。

親は2人とも、妹が死んだ事に何も感じていない用で、
双子のどちらが死んだ?
あぁ、使えない方か、
とまで言っていました。

私もすぐ後を追うつもりでしたが、
その言葉を聞いて、私が死ねば妹がくれたアクセサリーも、妹と頑張って生きた日々も
全てが無かったことになりそうで、
今もずるずると生きています

実家を逃げるため、好きでもない自分よりも10歳以上年の離れた人と結婚して実家を出ましたが
日々理不尽な事をされたり、苦しい中生きています

小中高、学校など行かせて貰えず、
学もありません。

今でも強くフラッシュバックして、
1人でまともに外出も出来ず、仕事も出来ず
年金を貰い、生きている意味も、価値も分からないまま、ただ耐えてます。

多くは望んでないんです
安心して寝れる場所
味のする食事

ただそれだけです。
それすら難しく感じてしまうのです。

犬の餌や雑草、残飯を漁る日々で
味覚は無くなりました。
むしろ無くなってなかったらもっと辛かったと思います

誰からか愛されたい。大切にされたい
幸せって思える日々を過ごしたい

そう思い、辛い日々の中初めてネットの友達に
過去の事、現状のことを相談しました

その友達は私に会いに遠くから来てくれて
私の家に来てくれました。
それを見た旦那はその友達にも暴力をふるいました。

その友達が、ここから逃げようと言ってくれ
今はその友達の実家に一緒に居ます。

その友達は、私のことを好きと言ってくれ
とても優しく大切にしてくれ
私も少しずつ、信用したりできるようになり
いまはお付き合いしています。

それでも、実家の親は私が居ることはもちろんよく思って貰えるはずもなく
家にいさせてもらうのに金銭がかかったり、
日々色々言われていく中で、
私も、彼も限界の日々です

もういっそ、ふたりで死のう。

そう考える日々ですが
それ以上に、一緒に生きて幸せになりたいとも思ってしまうのです

金銭的にも精神的にも
本当に余裕はなく、限界の中で日々を過ごしていて
もういっそ楽になりたいとも思っています

ずっと矛盾してる日々です。

私は何か悪い事をしたのでしょうか、
親の再婚に振り回され
人としてすら扱って貰えない日々

ようやく逃げてもほぼ変わらない現実

そこから逃げても、一人で生きられない無力な私

生きてていいのかすら分からないけど
死ぬ事すら出来ず

ただ、安心できる場所と味のするご飯

それすら難しい現状。
何を間違えたんだろう。
どうすればよかったのだろう。

今日もただ、なんとか生きれただけ。
生きることって難しいですね。

今を乗り越えれば
幸せだよって言えるようになるのか、
彼とふたりで普通に暮らせるのだろうか

日々不安は尽きません。

でも、今は
生きることを諦めきれないので
何とかもがいて、生きています。

いつか、諦めなくて良かったと
思える日が来ることを願って。

感想1

普通。路傍の石のようにありきたり、どこにでも転がっているはずのそれが、どうしてか自分の手元だけにはない。持っている人がときに雑に扱っているように見えるそれ、自分にとっては宝石のように輝かしいそれが喉から手が出るほど欲しい。「普通でいいのに」、どうして自分にはそれが回ってこなかったのか、得られなかったのか。柔らかい文体の裏に、あなたが今まで感じてきた筆舌に尽くしがたい苦痛と悲しみが込められていることを感じました。

尊厳も生命も脅かされる壮絶な虐待の日々の中、妹さんと身を寄せ合って耐え忍んでいたあなたの様子が浮かんできました。暴力から誰にも守られず、誰にも見つけられず、世界で孤立していたようなあなたたちにとって、唯一お互いがお互いの安全地帯であったのだと思います。そして今も妹さんは、あなたの中であなたを支えていることを感じました。
実家から逃げた後も安全な環境には出会えず、現在も蓄積する痛みと過去の記憶に苛まれ続けている様子、きっと起きていようが、寝ていようが、身体は強張って心が悲鳴を上げているだろうと想像しました。一刻も早くその現状から抜け出してほしい、ただただ、安心して寝食できる場所に巡り合ってほしいと心から願わずにはいられません。安心した空間で、身体の力を抜いて気をゆるめても大丈夫だとあなたの心身が感じることができたなら、きっと身を守るためにスイッチを切った味覚や他の感覚、心がだんだんと目覚めてくれる気がします。
あなたの望んでいることは全ての人間に惜しみなく与えられるべきものだと思います。でもこの本来「普通」であるべきこと―安全な場所で、十分に寝食をして、人から人として大切に扱われることは、まだこの社会の全ての人に行き渡っていないもので、本当の意味で社会の「普通」になっているとは言えないのではないかと思います。この当然で切実な願いすら叶わない社会なんて、政府なんて、何のためにあるのか。「普通」の生活すら持つ者と持たざる者がいる現状、強い理不尽を覚えずにはいられません。

今のあなたはどこで暮らしているでしょうか。少しでも食べられていますか。寝られていますか。一瞬でも辛さが薄れるときがあるでしょうか。辛い状況には立ち向かわないで、耐えないで、どうか逃げきってほしいです。あなたが安らげる瞬間、幸せを感じる瞬間があってほしいと遠くから祈っています。もしよかったら、また辛さを書き置きにきてください。

感想2

一文一文の出来事の中に、たくさんの苦痛があっただろうと想像するのですが、そのハードな状況と比べると、文章自体はかなり抑制して書かれている気がしました。それはもしかしたらこの経験談に限ったことではなくて、あなたが生存技能として、心を押し殺すことを身につけてきたということなのかもしれないと思いました。
文中に年齢などがほぼ出てこないのがふしぎと印象に残っています。読むと時系列で並べてくれていそうなのですが、まっすぐな一本の線というよりも、前後関係なくふわふわ漂っているものを、読み手に伝えるために並べ直してくれたような感じの想像をしています。現在も日々フラッシュバックが続いていることを考えれば、あなたにとって過去の記憶は遠くの棚に置かれたものではなく、実際にあなたの目の前に、いまも前後関係なくめまぐるしく存在するものなのかなと思いました。

あなたの親の暴力も性的暴行も親による管理売春のような状況もネグレクトも、すべてが本当に重大な加害行為で、あってはならないはずのことだと思います。でも、あってはならないと言ったとして、事実その中を生き延びるしかない中で、あなたは妹さんと耐えしのぎ、そして妹さんが亡くなってからは一人でなんとかここまで生きてきたということを受け取っています。学校にも行かせてもらえなければ、余計に家がすべてになってしまう中で、子どもに可能なことは本当にすくないものだと思います。あなたをすべての暴力や搾取から遠ざけ、安全な場所にいさせてくれる大人や制度はなかったのかと言いたいです。この社会がもっと成熟して、子どもが当然の権利を奪われず大人になれるようなものになることを願っているけれど、それはまだまだあまりにも遠い現実のことを考えています。あなたが結婚という形で自力で逃げ出すまでどうにもならなかったこと、そして今もあなたが苦しんでいる状況が、本当に理不尽だと思うしくやしいです。

好きではない人と結婚したことも、あなたにとって数少ない可能な逃げ出すための方法だったのではないかと思いました。だけどその生活も苦痛を強いられる中で、苦痛や危険からの逃げ場所をあなたは探し続けているのかなとも考えていました。「今もずるずると生きています」とありましたが、長いあいだ暴力にさらされてきたら、無気力になるのも自然だと思います。それでもあなたが実家から、そして結婚相手のところから逃げ出したことは「ずるずると」よりもうすこしだけ能動的な、生き延びるための行動だったようにも感じました。ここには書いていないことの中にも、無気力や諦めと行きつ戻りつしながらも、少しずつ積み重ねてきたことはあるのではないかと想像しています。
年金を受給しているということだったので、病院にはつながっているのでしょうか。(違っていたらすみません。)私自身精神疾患などもあり世の中の多くの人のようには働けない中で、障害年金に頼りながら生きているのですが、通院から診断、受給までのプロセスはなかなか複雑で大変だった記憶があります。病院も万能ではないとも思いつつ、あなたの状況やしんどさを理解した上でサポートしてくれる人や場所や制度ものがなるべくあってくれたらうれしいなと個人的に思い、気になったのでした。

理不尽な状況に置かれてきて、他の人や自分の人生を信用や信頼するのはとても難易度の高いことだよなとも感じつつ、あなたの中には、だれかとの信頼の中で生きたいという気持ちもあるのかなと思いました。その土台には、もしかしたら妹さんとの信頼関係の記憶もあったりするのかなとも想像しました。
たくさんの暴力の中で、あなたの心にも体にも多大な負荷がかかってきたと思います。もしかしたら、あなた自身の体もすごく緊張した状態がデフォルトになってるのではないかと思いました。「味のするご飯」はきっと物理的に安全が確保されて、安心が少しずつ積み重なってゆく中にあるものなのかなと思います。もしかしたら、味覚以外にも麻痺させるようにして生きている部分もあるのかなと考えていました。心や感覚を麻痺させることは、苦痛が重なる中では自然な身体の生存戦略だと思う一方で、自分にどのくらい負荷が蓄積しているかにも気づきにくくなったりすることもあるのではないかとも思います。そもそも高いストレス状況が当たり前すぎて、どのくらいだったら自分にとって楽なのか気づくのもむずかしいこともありそうです。こうやって経験談として言葉にすることは、あなたがあなた自身の心身との信頼関係をつくろうとするプロセスでもあるのかなと、勝手に考えていました。ここであなたが言葉を置いていってくれたことをうれしく思っています。

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