経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

何も考えずに休みたい

拙い文章で、読みづらい部分もあると思います。申し訳ありません。

周りからの期待やプレッシャー、完璧主義な性格によって、すごく辛いです。
私はよく言えば真面目な性格で、悪く言えば完璧主義、そしてかなりの心配性です。
いつからか覚えていませんが、ちょっとしたことですごく不安になって、同じことを何度も確認しないと気が済まないようになりました。
学校から家に帰る時も、勉強道具を忘れていないか、やるべきことは残っていないか、何度も何度も確認しないと帰れないことがあります。
これをどうにかするために、確認するのは3回までにする、To do リストを作ってやるべきことを可視化する、などの工夫を行いましたが、意味がありませんでした。
結局3回以上確認を繰り返してしまいましたし、今度はTo do リストに書くべきことはこれだけでいいのかという確認が始まってしまいました。

不安になるのはこういったときだけでなく、授業中、少し先生の解説がわからなかった時も強い不安に襲われます。授業内容がわからない自分に酷く失望して、自分の価値がなくなってしまったような感覚になります。体の芯が冷たくなっていきます。

自画自賛になってしまいますが、私は成績はいい方で、1年間、定期テストで学年1位を取り続けたりもしていました。しかしそのせいで、「私はこれからも学年1位を取り続けなければいけない」「もっと頑張らないといけない」「こんなんじゃダメだ」と追い詰めてしまうようになりました。
先生にも期待されています。友達にも「今回のテストもきっと1位でしょ?」「脳みそ半分分けて欲しいよー」と言われます。そんな風に言ってもらえることはすごく有難いことだと分かっているし、嬉しいです。でも、それと同時に、みんなの期待を裏切ってはいけない、誰かに追い越されたらどうしよう、と強い不安に襲われるようになってしまいました。辛いです。疲れました。

夜中まで勉強することも増えました。もっと好きなことをしたいですが、そういうわけにもいきません。休みたいけど、休めません。少し手を抜きたいですが、もうどうやって手を抜けばいいのかさえわかりません。少し手を抜いたことで失敗する恐れがあるなら、それならもういっそ、このまま頑張り続けて、そのまま全部壊れてしまえばいいとさえ思います。

私が休みたいのに休めない理由は、以下の通りです。
①私の友達はいい人ばかりで、みんな特技を持っていたり凄い人たちだから、勉強くらいちゃんと出来てないといけないという義務感。私には何にもないんだから、せめてこれくらいできていないと。一緒に居れるだけで幸せなことなんだから。
②周りからの期待に応えていたい。失望されたくない。褒めてほしい。特大生として入学したんだから、ちゃんとしてないといけない。今まで通り1位を取り続けないとダメだ。みんな期待してくれているんだから。
③特に理由のない、漠然とした「完璧でなければいけない」という意識。少し出来ないことがあるとどうしようもなく怖くなる。

勝手に涙が出ます。止まりたいけど、もう止まれません。相談できる人もいません。もし私のせいで両親が喧嘩したら?家の雰囲気が悪くなったら?友達に気を使わせてしまったら?そう思うと相談なんてとてもできません。

中3の最後の時期、先生にほぼ毎日のようにプレッシャーをかけられました。「高校生になったらもっと忙しくなるよ」「先輩は時間を作って一生懸命勉強してるよ」「これくらい解けないと不安だよ」
ただでさえ無理をしていて、こんなに辛いのに、私は頑張ってるはずなのに、これ以上どうすればいいの?
これからの学校生活に希望が見えません。嬉しいこと、楽しいことより、辛いことの方が大きいです。学校が怖い。勉強が怖い。何も考えたくない。もう何もしたくない。

他にもいろいろありますが、とにかく、疲れてしまいました。けどこれからもっと忙しくなることが確定していて、やることは山積みです。
私はどうして生きてるんでしょうか。
もういやだ

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。
これまで周りからの期待やプレッシャーに応えながら、さまざまな不安を抱えて過ごしてきたことが伝わってきました。何度も「辛い」という言葉が出てくるたびに、長い間一人で我慢し続けてきたのではないかと考えさせられました。
読んでいて私が感じたのは、「完璧でなければならない」という思いは、生まれつきの性格だけではなく、周囲からの期待やプレッシャーを受け続けてきた経験も影響しているのではないかなということです。不安や自己価値の揺らぎ、失敗への強い恐れがあるからこそ、自分を守るための「鎧」のような役割を果たしていたのかもしれないと感じました。
また、自分なりに不安を減らそうと工夫してきたにもかかわらず、それでも安心できない様子から、不安を和らげるための行動が、結果としてさらに不安を強めるという悪循環になってしまっているようにも感じました。
そして私が一番印象に残ったのは、「学校が怖い。勉強が怖い。何も考えたくない。もう何もしたくない。」という部分です。本来、学校は学ぶ場所であり、勉強は自分の成長につながるものですが、過度なプレッシャーや周囲からの期待によって、それらが「怖い」と感じるほど追い詰められてしまうことに胸が締め付けられる思いがしました。一人で抱え込まず、安心して相談できる環境や、自分らしく過ごせる居場所があれば、少し違っていたのではないかとも感じました。
最後に、文章全体からは「期待に応えたい」「頑張りたい」という気持ちがとても強く伝わってきました。しかし、その気持ちが「恐れ」や「疲れ」に変わってしまうときには、少し立ち止まり、「自分はもう十分頑張っている」と認めてあげることも大切なのではないかと思います。
私は、完璧主義は努力を積み重ねてきた証でもあると思っています。ただ、その努力が自分自身を苦しめてしまうのであれば、「完璧でなくてもいい日」があってもいいのかなと感じました。。不安があっても少しずつ前に進む経験を重ねることで、「不安があっても大丈夫」「きっと何とかなる」と思える感覚が育っていくこともあると思います。
あなたがここまで自分の心を言葉にできていること自体、すでに回復の第一歩なのだと思います。また辛くなったり、なにか話したくなったら「死にトリ」に 書きに来てください。

感想2

毎日生きるためにやらなければならないことが山積みの中を走り続けているような感覚なのかなと想像しました。ただ学校へ行って、勉強をしているだけではなく、「失敗しないように」「期待を裏切らないように」と、頭の中では常にいくつものことを同時に考え続けていて、一つ終わってもまた次の不安がやってくる。その繰り返しでは、心も身体も休まる時間なんてほとんどないだろうし、いつも不安感に追い立てられているような状態が続いているとすれば苦しくなるのも当然なことだと思いました。
成績が良いことも、周囲から期待されることも、本来は嬉しい出来事と受け取ることが多く、最初はもしかすると本当に嬉しさだけを受け取れていたのかもしれない。それが安心ではなく「もっと頑張らなければ」という重荷になってしまうようになって、どれくらい経つのかな、とあなたに聞いてみたくなりました。周りから見れば“できる人”と映るからこそ、その裏側でどれだけ自分を追い込みながら頑張っているのかは、なかなか気づいてもらえないものなのかもしれません。一人で走り続けている感覚、それがまた苦しさにつながる気がしました。
相談したら家族や友達に負担をかけてしまうかもしれない、期待に応えられなかったら申し訳ない、そんなふうに周りのことを考え続けている、その優しさはあなたの大切な部分でもあるけれど、その分、自分の苦しさを後回しにしてしまうことが増えてきたのかなとも感じました。それでも負担をかけたくないという気持ちは私も痛いほど理解できるので、一番苦しい時家族にも笑顔で取り繕っていた私には、あなたのその防衛で頑張り続けてしまう気持ちもわかるなあと思って読んでいました。
一般的に「頑張ること」は評価されやすい一方で、「頑張り続けなければいけない苦しさ」は見過ごされやすいように思います。特に、結果を出している人ほど“大丈夫そう”と思われてしまうし、本当は限界に近づいていても気づかれないこともあるし、SOSも出しにくくなっているんじゃないかなと思います。だから私は、この文章を書いてくれたこと自体が、あなたがようやく「もう疲れた」と伝えてくれた大切なサインなのだと受け取りました。
「全部壊れてしまえばいい」と思うほど追い込まれているのに、それでも毎日やるべきことに向き合い続けているあなたは、本当によく頑張ってきたのだと思います。だからこれ以上、もっと頑張らなきゃと自分を追い立てなくてもいい日が、少しずつ増えていってほしいなと思います。また苦しい時には、よかったらここに吐き出しにきてくださいね。

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