経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

毒親介護

私は50代、母は80代後半。いわゆる毒親です。自分が毒親に育てられたことに最近気がつきました。洗脳のような状態だったんだと思います。小さい頃から叩かれる、蹴られるのは当たり前。時代が時代なら母は逮捕されていたと思います。いつも不機嫌で怒鳴り散らしてました。私に自由はなく、受験する学校、就職先、全て母の思い通り。免罪符のように「あなたの為を思って言ってるんだから」と言ってました。私が社会人になってすぐに父が亡くなり、そこから私への依存がひどくなりました。元々父と母は仲が悪く、亡くなっても悲しんでる様子はありませんでした。それなのに「お母さん寂しいんだから」「お母さんのこと心配じゃないの?」と私のことを束縛しました。

結婚したら離れられると思いましたが、結婚相手が地元だったため何かにつけ呼び出され母に振り回されてる人生です。今も現在進行形です。母はパーキンソン病、レビー少体型の認知症の症状があります。施設に入って欲しいのですが「たった一人の親を苦しめるの?」と鬼の形相で言い、面倒をみてもらうのが当たり前のような態度です。毎日仕事に行く前、夕方、実家に行き食事の世話、オムツ交換、入浴させられてます。デイサービスも嫌がります。もう体力的にも精神的にも限界です。私の人生何だったんだろうと思います。母に早く死んでくれないかなと思ってしまったり、自分もつまらない人生、苦労ばかりの人生…生きてても楽しいこと何もないなと思ってしまいます。

感想1

「家のことは家でかたづけるべき」という風潮がどれだけ困っている人をさらに困らせているのだろう、と考えました。本当であれば社会で分け合うべき負担が少ない人にだけのしかかることには強く疑問を感じます。

投稿者さんは長年母親さんと離れたいと感じてきたのだなと思いました。「自分が毒親に育てられたことに最近気がつきました」と書かれていて、「毒親」という言葉を知ることで長年うまく言語化できなかったことが言葉になった感じなのかな?と想像しました。

親が子を縛る権利はないと私は思います。

適切な距離が取れず、対応を必要とされることは投稿者さんにとって大きな消耗になるだろうと思いました。「体力的にも精神的にも限界」と感じているということで、他の選択肢を探ることは「親を苦しめる」ということではなく、自分をまず尊重する、投稿者さんの当然の権利なのではないかと思います。

投稿者さんが相談したり、一緒に考えてくれたりする人がいたらいいと思います。一方で、最初に書いたような風潮があり、相談する相手が見つかりづらい場合もありそうです。最初に書いたように、家族だからといって責任を負わなければいけないとは私は思いません。

投稿者さんが「限界」と感じずに楽にいられるために距離を取るためのことは、悪いことではない、という前提で考えていいのではないかと思いました。

感想2

経験談を読ませていただきました。

「結婚したら離れられると思いましたが」とあり、結婚以前からすでに、母親と離れたい気持ちがあったのだなと思いました。でも、洗脳のような状態だったということは、離れたい気持ちよりも、母の言っていることが正しい、母の期待に応えたい、といった気持ちの方が強かったのかなと想像しました。

自由がない状態に慣れてしまっていると、自由をどうやって手に入れたらいいのか、自由をどう使えばいいのか、よく分からなくなりそうだと思いました。私は、あなたが幼い時から得られなかった自由を今からでも享受できなくてはならないし、それを保障するのは社会の責任だと思います。

あなたが楽しいと感じることを探すのに、例えば死にトリの「ここチャット」は、多様な話題で話をするので、一つの参考になるかもしれないと思いました。ただ現状では、楽しいはずのことも楽しく感じられないほど心身がすり減らされていそうです。私は、今聞こえている蝉の鳴き声が楽しいと感じますが、それは蝉の鳴き声を聞いて味わう自由とそれを楽しいと感じてもいい自由があるからなのだと思いました。

母親との接触をなくすことであなたの自由が増えるのなら、そうなればいいと思いましたし、その自由はあなたが他人の協力も得ながら使ってもいいものだと思いました。

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