今年の4月頃から何となく気分がハイな時と落ち込む時の落差が激しくなり、
6月からは完全なうつ状態に陥りました。母が亡くなり天涯孤独の身となり13年、
急に孤独感に襲われるようになり、この孤独があと何年続くかと思うと
耐えられなくなります。たまに行きつけの酒場で常連さんと世間話をして
何とか気を紛らわせますが、一人になった時の帰りの電車や家に付いた時の
孤独感は反動が激しく「死にたい。消えてなくなりたい」と思ってしまい、
仕事をリモートにして家で何日も布団のなかで引きこもり状態です。
特に生きる目的もなくこんな状態なら、生きていく価値もないので
だらだらと生きるよりはボチボチ消えてなくなってもいいかなと。
いつもなら猪木語録やビデオで闘魂注入で元気が出るのですが、
今回は何をやっても効果なく闘魂燃え尽きそうです。
これじゃ猪木信者失格ですね。
今日も名曲「翼をください」を聞きながら酒を飲み、悲しみのない
自由な空へ飛んで行く、まさにそんなことを考えております。
いやなことを全て忘れ去りたいです。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
闘魂燃え尽きそうです・・・
感想2
苦境に立たされた時、人間には戦う、逃げる、凍りつく…などの動物としての生存の機能があるのだそうですが、あなたはひたすら「戦う」自分を鼓舞しながら生きてきたのかなと想像しました。猪木語録なども、そういう方向性を補強してくれたのかなと思います。でも本来は、生き物である限りは当然休息と回復が常に必要で、だけど私たちの社会はそれを蔑ろにしがちなのではないかと思ったりしています。
とくに男性は「泣くな、戦え」「弱みを見せるな」みたいな無茶な教育をされがちで、私は泣きたい時はたくさん泣けて、もっとしんどさを共有できる世の中だといいのにと思うことがよくあります。
この13年間、孤独や無力感に襲われる中で、酒場での世間話はあなたを慰めるものではありつつ、自分の本当のつらさを吐露できる場所ではなかったのかもしれません。私の経験ですが、うつ状態の前には無自覚に無理が積み重なっていました。今の時間は、もしかしたらあなたがこれまで頑張って気づかないでいようとしてきた苦しさとか、疲労とかに気づいて、それらを癒すような機会でもあるのかなと想像しています。
そうだとすると、闘魂注入という対処法は一度置いておいて、思う存分休むことや回復のために時間を使うことも必要なケアなのかなと思ったりしています。もしかすると、リラックスする方向の趣味やのんびりした楽しみはあまり多くないのかなとも思ったりもしました。たとえばお風呂のお湯の温度はどのくらいだと自分に心地よいか試して調整してみるとか、呼吸が浅くなっていないか確かめるとか、そのくらいのことも、自分を休ませる一つになるかもしれません。こんなふうに、気持ちを吐露する機会もこれまであまりなかったのかなと思います。サイトにきてくれてありがとうございます。よかったら、またサイトにアクセスしてもらえたらと思います。
感想1
タイトルが思わず目に留まり読みましたが、文字通りあなたが今に至るまでずっと闘い続けてきたことが一言では語れないぐらいに込められているように感じました。
直近の不調としては4月頃から始まり、6月に完全に崩れたように書かれていますが、おそらくもっと前から心的な不調や不安は強かったのだろうかと想像しています。生活や仕事、もっと言えば人生において、「人を人たらしめるもの」は人との営みでの部分が大きいのかなと私自身は考えてしまうのですが、そういう意味でも“あなたと人”や“あなたと社会”を繋ぎとめる存在として母親さんの存在がとても大きかったのだろうなということを勝手ながらに感じています。
生きていれば誰もがその瞬間を迎えたり、それによる孤独を感じるのかもしれませんが、それはどれだけ頭では理解しているつもりでも実際にその状況になると、なかなか受け止められるものでもない気がしますし、募る孤独から「生への活力や執着」が薄れていくのも自然なことのように感じられます。
行きつけの酒場に行ってみたり、猪木信者として語録やビデオを見てきたことにはあなたが必死に奮い立たせようとしてきた時間の長さを感じますし、それでもままならくなった気持ちにはその孤独の深さを感じています。
燃え尽きそうな心を立て直すことは容易ではないのかもしれません。ですが、人によって感じるものが孤独なのだとするなら、それを和らげてくるのもまた人である気もするので、また何か感じることがあれば、この場所にはあなたの率直な気持ちをまた置きに来てほしいなと思います。