当方、今年で20代中盤となった男性です。
死にたいまではいかないまでもしんどい経験があったので、ここに書き連ねさせて頂きます。
まず、一昨年に自分の父親が亡くなりました。歳は60の前半、職場で胸が突然痛くなったとのことで病院に運ばれたと聞いています。入院してすぐ退院できるほど元気だったのですが、あれよあれよと病状が悪化し、1ヶ月ほぼ寝たきりになり、その後亡くなりました。死因は肺癌でした。
彼とはそりが会わず、トラブルもあったこともあって、半年ほど会っていなかった矢先の出来事でした。生前の彼は人付き合いが苦手、酒飲みでヘビースモーカー、とにかく自分の非を認めない、共働きであるのに母親に主婦なみの家事を求める…など、まあ悪い思い出が多いのですが、これは父親は「父親というロール」をやろうと奮闘していた結果なのではないかと思えてくるようになりました。
というのも、発達障害で私がクリニックにかかったときに家族歴を話したのですが、そこで「お父さんはASDの傾向がある」と主治医に言われたからです。人の全てを発達障害などを理由に判断はしたくはないのですが、そうだとすると腑に落ちることが多々あるのもまた事実でした。
今は家具などのレイアウトが変わり、あまり思わなくなったのですが、亡くなって2~3ヶ月は父親の居た実家の部屋にあるはずのものがない喪失感を感じたことを未だに覚えています。
そして次。去年の12月の上旬、母親の姉が亡くなりました。何年か会う機会もなく少し疎遠気味ではあったのですが、それまでにまあまあ親交はあったといった関係性です。父親の葬儀にも来ていたこともあり、そのときは普通に見えたのですが、去年の5月頃から持病が悪化し、その7ヶ月後に亡くなりました。
一度8月か9月に母親の付き添いで見舞いに行ったことがあるのですが、そのときには外見が変わり果てていたことを覚えています。元気な頃を知っていたこともあり、私は「病気でこんなに変わり果てた姿になったのか」とショックを受けていました。(これは父親の際にも少し思っていましたが)
最後に去年の12月中旬。大切な友達が亡くなりました。正確には3歳下の4年前の元恋人で若干腐れ縁っぽい関係性だったのですが…当時は既にお互い恋愛感情もなく、気の置けない間柄だったと思います。(相手もそうであったと信じたい)これを友達と言って良いのかは少し迷いましたが、他に形容する言葉が思いつかないので友達だとします。
個人的にはこれが最も大きく、喪失感のある出来事でした。今でも彼女のSNSとは繋がっており、そのアカウントは時が止まったまま残っているのですが、積極的には見にいけません。いろいろと思い出してしまうからです。
この3件を経て現在2026年7月の中旬まで来たわけですが、これらを乗り越えられている…はずもなく、ただただ陰鬱な気分に沈んでいます。加えて、この文章を書いているときに感じたのですが、直近2年くらいの出来事のはずなのにこれら3件に関する記憶がどんどん抜け落ちていることに気がつきました。父親に関しては顔は思い出せるがどんな声で、どういう話しぶりだったのか。友達に関してはどんな声で、どのような話しぶりで、どのようなことをよく話しているかは覚えているのですが、顔などが思い出せなくなってきています。
大学入学時のコロナ禍によるゴタゴタもあって2022~2024年まではかなりメンタルの調子が悪く、それが回復してきた矢先の出来事でした。こうまで何かしらが続くと、「なぜ自分に続けてこんなことが降りかかるのだろう」と考えてしまいます。意味がないのはわかっているのですが…
感想1
この二年間は大切な人との別れが何度も続き、そのたびに気持ちを整理する間もなく次の出来事がやってきての慌ただしい状況だったのだなと想像します。一つの喪失だけでも、その人がいた日常を受け入れるまでには長い時間がかかるものだと思います。それが立て続けに起きたのだとしたら、“なぜ自分ばかり“と思ってしまうのも無理のないことのように感じました。
お父さんとの関係について、悪い思い出が多かったとありましたが、亡くなったあとに「もしかしたら、お父さんなりに父親であろうとしていたのかもしれない」と考えていることがとても印象に残りました。人は亡くなったあとも、その人との関係を心の中で整理し続けると聞いたことがあり、だから、亡くなったことで全てが終わるのではなく、その人との関係は形を変えながら今もなお続いているのかな、とあなたの経験談を読んで考えさせられました。また、記憶が少しずつ薄れていくことへの寂しさ、不安も伝わってきました。声や表情、何気ない会話ほど、時間とともに思い出せなくなってしまいますよね、、。なぜなのだろうと思いながらも、それは大切ではなかったからでも、忘れようとしているからでもなく、心が少しずつ悲しみと折り合いをつけながら生きていこうとする、ごく自然な反応なのかもしれないなと自分の経験から感じています。だから、思い出せなくなってきたとしても、それは自分を責めなくていいんだな、と私は思っています。
あなたのどの別れも、その人との時間を大切に振り返ろうとしている姿が印象的で、それだけ人との関係を大切にしてきた人だからこそ、喪失が続いたこの数年は、周りが想像する以上に心に大きな負担を残しているのだと思いました。社会では「時間が解決してくれる」と言われることもありますが、私は喪失は時間が消してくれるものではなく、少しずつ抱え方が変わっていくものなのだと思っています。だから今も苦しいことも、ふとした時に思い出して立ち止まってしまうことも、不思議なことではないように感じました。どうか無理に乗り越えようとせず、その人たちとの時間が自分の中に今も残っていることを、大切にしながら過ごしていけたらいいなと勝手ながら願っています。投稿ありがとうございます。