経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

死ぬべきか生きるべきか

5年前、高校に入学し、友達ができなかった。
それから孤独になり、コミュ障になり、自信を失い、世の中への見方が変わり、社会不適合者になった。
バイトでも仕事はできず、自他ともに普通じゃないということに気づいた。
大学はもう友達などを作ろうともしなかった。
Fランの夜間大学だし、特に楽しもうとか、将来への望みもなかった。今もない。
それで今は大学3年生。あっという間に終わりが近づいていた。
1年前にASDとうつ病の診断をもらって、障がい者の認定をもらった。
3か月くらい前は前向きに就活しようと思っていたけれど、ここ最近気持ちが切れた。
大学卒業する前に自殺しようと思った。
このまま生きていても変わることはないし、楽しいこともない。ただただ、死ぬように生きて、ずっと過去のことばかり考えて、妄想したりして、最終的に待ち受けるのは孤独死。
自分次第だと分かっているけれど、本当にもう考え方と性格はもう変えられない。
本当に親不孝だけど親より先に死んでしまおうと思った。
ただ、最近迷い始めた。
自分と同じような人間が世の中にはたくさんいて、その人たちは懸命に生きている。
非正規でも、引きこもりでも、ホームレス、フリーターでも、障がい者雇用でも、低所得者でも、社会不適合者と呼ばれ恥をかいても、忌避されても、腫物のように扱われても、身寄りのいない高齢者でも頑張って生きている。生きているのが辛くて不安で苦しいはずなのに頑張って生きている。
ボクはその人たちを本当に偉いと思うし、心から尊敬する。
だからボクも死なずに生きるべきなのか、同じような人が、仲間がたくさんいるなら。
でも、ここでやっぱり生き続ける選択をすると一気に不安になる。
勉強もしてないし、就活の準備もしていないし、何の資格もなく、ただダラダラ過ごしてきたから。
ボクが死にたいのはただ勉強したくなくて、働きたくなくて、本当はダラダラ怠けたいだけなのかと思い始めた。
もう自分の気持ちが分からなくなってきた。
どうしたいんだろうか。
まだこの期に及んで自分の人生に期待しているのか。
どうなるかなんて目に見えているのに。いや、お先真っ暗でなんにも見えない。
明るい未来がないことは確か。明るい未来というのもわからない。
苦しいこと、普通じゃないこと、社会不適合者であること、これらは事実だ。
ただ頑張ることから逃げているだけなのかな。
元々死にたかったのは普通になれなくて、もう辛くて、社会不適合者と社会適合者の分断された世の中が嫌になって、もう何もかも終わりにして、楽になりたかったはずなのに。
ボクはただ逃げているだけなのか?
自殺することは別に怖くないのに。
生きる方が怖いのに。
わからない。やっぱり生きなきゃいけないのか。
ボクが死にたいのは努力したくないから?
自分の気持ちが急に分からなくなってきた。
どうしようか。
死ぬなら就活も勉強もしない。
生きるなら就活も勉強もしないといけない。

ボクの本当の気持ちは?ボクはどうしたいの?

感想1

孤独や周囲との違いを切実に感じながらも、あなたが自分自身を知りたい、わかりたいと願っていることが伝わってきました。私自身も世の中の多くの人とずれている自分を感じつつ、自分のありようを探し続けている気がするので、そのことに共感する気持ちであなたの投稿を読みました。

大学、友達、卒業、就職。世の中ではさまざまな生き方があるはずなのに、正解のルートとそうでないルートがあるみたいに決めつけられてしまうことが少なくないように思います。
「非正規でも、引きこもりでも、ホームレス、フリーターでも、障がい者雇用でも、低所得者」それらの存在は、あなたのこれまでの生活の中でたくさん出会う人たちではなかったのかなと、文章からは想像しました。実際にいることを知っていて、シンパシーを感じつつも、身近ではないからこそ、忌避されるイメージが先行するのかなと思ったのでした。(違ったらすみません。)ちなみに私はここに挙げられている中だと、現状、非正規・フリーター・低所得者としてぼちぼち生きています。また障がい者雇用ではないのですが、障害者手帳に助けられています。まわりにもさまざまな生き方をしている人がいます。
ただ私自身もスティグマを自分自身に向けていた経験があり、それ自体が個人の問題ではなく、社会が私たちにそうさせてしまうということの問題だと感じています。個人的には、だれかを適合か不適合かで分けるような社会の眼差しこそが、もっとも恥ずべきもの、変化すべきものであるようにも感じてしまいます。それでも世の中は500年前より、50年前よりマシな部分はあると思うのですが、まだまだ発展途上であることを感じる日々です。もしかしたら、あなたはだれかを腫れ物扱いしたり忌避するような様子を見聞きして生きてきたのかなとも思いました。インターネット、とくにSNSはフィルターバブルの中で分断を加速させてお金にするような仕組みになってしまっていて、心がすり減るようなこともたくさんあります。

中学生までのあなたと、その後の学校生活では、なにかすごくガラッと変化があったのかなとも想像しました。世の中の「普通」みたいなもの以外をイメージできない中で、八方塞がりな感覚にあるのではないかとも感じています。その中で、あなたが問いかけるのが「ボクの本当の気持ちは?ボクはどうしたいの?」であるのを読み、それがとてもむずかしい問いであると感じると同時に、自分に問い続けるあなたの自身への誠実さに安心する気持ちにもなっています。さまざまな重圧の中で、生きているうちに自分でも心を抑圧してしまうことはすくなくないと思います。だからこそ、自分の心を置き去りにしないでいることは大事なようにも思っています。
なにを理想的とするかも人それぞれですが、文章から、あなたには懸命であることに理想というか、まぶしさを感じているのかなと思いました。生活保護を含めさまざまな制度もありますし、「生きるなら就活も勉強もしないといけない」とは個人的には思わないのですが、あなたがなにか興味を持っていられることや、楽しめることがあったらいいのかな、とは思ったりもしました。もちろんそれも全然必須ではないのですが、私は勉強は好きではなかったのですが、オタクなのもあり好きなことを考えたり調べたりするのは楽しくて、活力になったので、それも一つの過ごし方かなと思うのでした。何十年も前に『就職しないで生きるには』という本が若者の中で流行ったそうです。私もその世代ではないのですが、もっと、お金と生存、就職と生存を結びつけずに生きていけるはずだし、そういう方法が無数にある世の中のほうが豊かだと私は思っています。タイトルの「死ぬべきか生きるべきか」という問いは、あなたが心を殺さずに生きたいという訴えのように感じました。その2つの選択肢にしぼられるものではない生き方があると思うのですが、それが見えづらいからこそ、選択肢にならなくなってしまうとしたら、もっと可視化され、当たり前になっていってほしいとも改めて思いました。
あなたがあなたの心を押し殺さずに、さまざまなことを感じたり考えたり、ときにはぼんやりしたり、心地よく過ごせる時間が見つかっていくことを願っています。

感想2

高校進学から、バイトや大学進学などの出来事が重なっていくことで自信を失い、元気がなくなっていった様子が伝わってきました。高校以前は友達もいて、強く自覚するほどの問題はなく過ごしていたのかなと想像していましたが、それと同時に進学前後の落差が大きく感じられただろうなとも思いました。私も進学と共に環境と人間関係が大きく変化し、新天地で自分にとって居心地の良い場所や関係性を見つけることができずに心が落ち込んでいったことがあって、その心細さや自分に対するどうしようもなさをあなたも感じていたのかなと考えていました。

都市部か地方か、公立か私立かにもよりますが、高校進学というタイミングはそれ以前の進級進学よりも変化が大きなものだと思います。私は小中学校は田舎の公立校だったので、中学校に進学するときはメンバーがそのまま持ち上がりだったけれど、高校は進路の選択肢が多くなり地域を離れる人も珍しくなかったです。私もその地域を離れて知り合いが誰一人としていない別の学校へ行ったけれど、そこで人間関係を作れずに孤立しました。さらに、高校生はアルバイトができるようになりますが、それは社会に労働者として参加する機会を得たということです。いざ飛び込んでみると、バイトとはいえど労働というのは相当に難しいことに気づかされるし、大人の人に怒られたり理不尽に当たられたり、他の同年代と自分を比べられたりして心がすり下ろされる思いをさせられてしまうことも少なくないと思います。私もバイトは上手くできなくて、それを通じて自分の社会不適合ぐあいを認識してかなり落ち込みました。孤立と自分の能力の無さを自覚させられる経験がどんどん精神を削っていったのは、私とあなたに共通するエピソードだなと思って読んでいました。
辛いことがあっても周りに話せる人がいればその気持ちが少しでも楽になったかもしれない、というのは私が今になって思うことです。けれど、その当時の私には新しい人間関係の作り方が分からなかったし、ただ独りぼっちで耐えることが精一杯だったのだと思います。同じく、あなたもそうだったのではないかと思います。

読んでいてとても感じるのは、あなたがぐったり疲労困憊している雰囲気でした。5年間、社会に揉まれながらずっと一人で耐えてきたのだから、心がお疲れになって当然だと感じています。うつの診断が下りているというのもあるし、今頑張れないのはすでにあなたが疲れ切っているからであって、ダラダラするのは今のあなたに必要なことなのではないかと思います。生きることに就活や勉強をするなどの条件は要らないし、私は頑張らずに余力を残しまくってふわふわ生きていくことを良しとしているので、力を抜きつつでいいと勝手に思っています。
疲れ切ったあなたの目の前は黒一色だと思うけれど、学生がアルバイトでやれる業種はとても限られているし、人間もこの国には1億以上います。みんながキビキビ働いているわけでも、精一杯勉強や就活をしているわけでもないし、ダラダラ生きている人も結構いると思います。私もやるべきとされていること(就活)は放棄しています。どんな生き方をしていようとも、生存は尊重されるべきだと私は考えます。
いちばん大事なのは、あなたの最後の言葉「ボクの本当の気持ちは?ボクはどうしたいの?」という部分だと思いました。「~すべきか」ではなく、あなたの心が望む生活、過ごしていて心地よい空間や人間関係が手に入ればいいなと感じました。

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