経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

学校と自分の心の限界

4月に高校3年生になってから、自分でも驚くほど何事にもやる気がなくなってしまいました。
突然プツンと糸が切れたように「何もしたくない」と考えるようになり、テストの点数が大幅に低下したり提出物の作成で手を抜くようになったりと、どんどん自分が怠けるようになっていて大きな焦りを感じます。
これから受験生として、本腰を入れて勉強を死に物狂いで頑張らないといけないのに…。
先生方が「受験を頑張ることでいい未来が来る」とおっしゃることがありますが、私はまだその言葉を信じられていません。
もう頑張れないよ、私のエネルギーなんてとっくに枯渇しきってるよ…と思ってしまいます。
周りの子達はみんな頑張っているのに、どうして私だけずっと怠けてばかりで変わることができないのか。
悔しくて、情けなくてたまりません。
もっと根性のある人になれたらよかったのにと思います。
友達付き合いでは自分が他人にどう思われているか、自分が相手を不快にさせていないかを過剰に気にして心が休まりません。
自分の行動について脳内であれこれと考えて「あの行動は良くなかったでしょう…」「自分何してるの?もっと気遣いできなきゃダメでしょ!」と自分を責めてしまってとても疲れます。
学校に向かう電車では腹痛・吐き気・頭痛などに悩まされ、自分の身体が学校を拒んでいるのを実感します。
みんなは難なく学校生活に適応して、毎日楽しそうにしているのに私はダメダメです。
こんなに悩んでばかりの私がおかしいんです。
どうしたら変われるのか、楽しく学校に行けるかが分かりません。
今はとにかく全てを忘れて横になり、ずっと寝ていたい気分です。
現実を見たら心が破裂してしまいます。
死にたいというより生きたくない、という方が近いかもしれません。
自分が甘えているだけなのも分かっています。でもどうすることもできません。
先生や両親に相談したら幻滅されたり、この子は弱いなぁと思われそうな気がして、悩みを1人で抱え込むしかないのだなと思います。
友達に相談することも考えましたが、
友達も私と同じように勉強の悩みや人間関係の悩みでいっぱいいっぱいかもしれませんし、これ以上余計な重荷を増やすようなことはしたくありません。
高校1年生の冬に勉強で悩んでから、
私の心に「世の中から消える」という選択肢ができました。
勉強できない私になんの価値があるんだ、と考えるようになったからです。
それから約1年半、のらりくらりやり過ごしてきましたが本当にもう無理かもしれません。
とにかく辛いです。こんなに取り柄のない私が生きていていいのか分かりません。
いつになったら消えたい気持ちはなくなるんでしょうか…。

感想1

「勉強できない私になんの価値があるんだ」と学生が感じている世の中ってどうなんだ…とまず率直に思いました。勉強だけが価値ではないはずなのに、それだけが人として大切な価値っていうふうになったら嫌だなって私としては思います。私はいわゆる「優等生」と言われる部類で、学校では優位性を享受してきた側だったのですが、家ではきょうだいよりも成績が悪く比較されてきたので、あなたのそういった気持ちはちょっと分かるかもしれません。「勉強ができるとかできないとかってそもそも何?」と思いますし、それ以前に一人ひとりの人間であることは間違いないので、「自分のことをちゃんと見てもらえる」ともっと感じられる世の中であってほしいです。

経験談を読んでいて、あなたはあなた自身のことを蔑ろにしている部分があるのかなと感じました。あなた自身、すごく辛い思いをして学校に通っているのに、周囲に気を遣って相談していないなという印象を受けました。周囲に気を遣っていたら、エネルギーもたくさん使ってしんどくなってしまいそうです…。
勉強のことだけではなく、人間関係のこともあって疲弊してしまい、今の状態に陥っているのかなと感じました。そしてそれはいつからなのだろうと気になりました。ずっと昔から人に対して気を遣い続けることが多かったのでしょうか…。。

また、気になった部分として、「自分が他人にどう思われているか」「相談したら幻滅されたり、この子は弱いなぁと思われそう」といった、人からの評価を気にする言葉が何度も出てきているところがあります。人からの見られ方が気になって自分の本当の気持ちを抑えることが今までの人生でも多かったのかな?と勝手ながら推測しました。そう思うようになったきっかけは何かあったのだろうかと気になるところでした。

感想2

将来に向けてやることを「受験勉強」一本に絞らせるのは本当に良い教育の仕方なのか?と疑問を持ちました。たしかに高等・専門教育を受けることでキャリアの幅が広がるのも事実ですが、ここで焦点化されているのは長期的な人生設計ではなく、目の前の「学歴」のみなのではないかという気もして、さらに懐疑的な気持ちになりました。
読んでいて気になったのは、今やりたいことや将来の展望などのあなた自身の考えが見られず、ひたすら「周囲のように受験勉強をしなければ」と思い詰めていることです。これはけっしてあなたが悪いと言いたいわけではなく、勉強漬けの学校生活と大学進学だけが唯一・最良の選択肢と思い込ませる環境がその状態にさせているのではないかと感じてのことでした。つまり、周りの「とにかく受験勉強をしろ」の圧力のせいであなたが本当に望むこと、やりたいことに向き合ったり、高校卒業後の進路というごく短いスパンではなく、長い目で人生についてゆっくり考える機会を失っているのかもしれないと思ったのです。それは、受験を頑張れているように見える周りの人たちも同じだったりするのかもしれません。

「受験を頑張ることでいい未来が来る」…ぶっちゃけ言うとそんなことは無いと思うし、同時に「受験を頑張れないのならいい未来は歩めない」という非常に厳しく残酷なメッセージを発しているという点でもどうなのかな…と思いました。これはさらに「いい未来を歩めていない人は頑張れなかったからだ」という問題の自己責任化や、自分や他者に対する厳しい視線を持つことにも発展しかねません。先生からしてみれば心から良かれと思って繰り返している言葉なのだろうけれど、実際「勉強できない私になんの価値があるんだ」という考えを浮かばせ、身体症状が現れるまであなたを追い込んでいる時点でかなりギルティーだなあと悲しくなりました。

周囲が受験勉強に順応しているだけに大きな疎外感があると思うし、自分の価値を受験勉強に一元化してしまっている今のあなたは、「頑張る自分でいなければ」という自己像にしがみつかずにはいられない気持ちなんだろうと想像しています。
「受験鬱」という言葉があるように、受験で心身の体調を崩す人は毎年かなりの数いるはずです。しかしそれが表面化しないのは、「受験は頑張って当たり前(=頑張れないのはおかしい)」という考えが社会のなかに蔓延していて、苦しんでいる受験生たちが声をあげづらいからではないかと考えています。毎日ほとんどの時間机に向かい、頭を働かせる。明確な目的のための行動だとしても、とんでもない頭脳労働、苦行だと思います。体調を崩してしまったあなたはおかしくないとはっきり言いたいです。むしろ、頑張れている人の方が不思議だとすら私は思ってしまいます。

人はそのままで十分に尊いものであり、その価値は受験勉強で損なわれるものではないし、人生における幸福は大学進学のみで決定されるほど単純なものではないと考えます。にも関わらず、18歳前後の人々の可能性を狭め、これほどまで追い詰めてしまう社会が本当に残念でなりません。
辛いことを辛いと言うのは絶対にダメなことなんかじゃないし、人を頼ることも弱さではないと思います。安心してしんどさを吐き出せる人と、ゆっくり心身を休める時間があなたにあってほしいと願いました。

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