経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
共感してくれる人が少しでもいることを願います。
私は今高校2年生なのですが、高校生に入ったあたりから急激に勉強への意欲が減ってしまいました。きっと世間的に見たら間違いなく「怠け」だと思います。私も分かりませんでした。そこでふっと気づいたんです。私の人生の主軸が「現実世界」じゃないことに。私は昔からアニメやソシャゲが大好きで、そのせいもあってか、私の人生は私の大好きな「夢の中」でできていることに気づきました。意味不明かもしれませんが、これが精一杯の語彙です。私の人生は「夢」でできている。だから、毎日現実世界にわざわざ「ログイン」をする手間があったんです。現実世界の私は本当の「私」じゃない。だから、なにも身になんか入らないんです。勉強だって部活だって友達と話すのすら、全部面倒くさくて億劫なこと。学校に行くのも外に出るのも遊びに出かけるのも駄目なんです。本当に楽しくない、全部無駄な時間だなぁ…と思ってしまうんです。ネットにいるときだけしか私は「本来の私」で居られない。でも現実世界って優しくないんですね。勉強しなければ当然成績は堕ちます。それは怖いでしょ?だから私は勉強も必死にもがいてやったんです。でもどうしてか、私が、現実世界の私が、体験していることすべては、なんだかふわふわとしていて夢を見てるみたいで、現実世界なのに現実味がなくて、まるで画面の中でも覗いているかのような気持ちになっちゃうんです。だから、どれだけ頑張っても全く身に入らない。ずっと、まずいと思ってるんです。もちろんそんなの親は許しません。冒頭で言った通り、私はただ「怠けている存在だ」という風に目に写ってしまうだけ、それだけ………
いっそ死ねたらどんなに楽だったでしょうね。私は厄介なやつだから、死んだら私の幸せな「夢の中」すら消えてしまうのを凄く躊躇っているんです。死ぬのが嫌なんじゃなくて、幸せな夢ごと消えてしまうのが凄く嫌なんです……現実世界にログインして生きることは、もともと人生の主軸が現実世界にある人には、絶対に分かりません。これもある種の「現実逃避」の究極形態なのでしょうか?……
私はどんどんと堕ちていく。これでも昔は結構凄い子でして、親にたくさん褒めてもらった記憶も、色んな賞とか資格を取った記憶もあります。第一志望の高校にも入ったんです。……………、ただ、そこで疲れちゃったのかな……私は駄目になりました。私の母親は学歴コンプレックスがとてもあって、そのせいもあるのか私に非常に重い期待を寄せます。姉に関しては失敗した、と言っていました。私1人に重圧がのしかかったんです。生きた心地はしない……こんなに不幸ぶっているのですが、私自身は凄く平和な生まれ、平和な暮らし、世間的に見たら愛情深く最高の家庭で過ごしているはずなのです。全然、虐待も障害もないとても恵まれた家庭なんです。ちょっと私が駄目なだけで、ここまで私は追い詰められました。私の独自の世界が消えるのはつらいですが、もうそろそろ終わりにしないといけないんだと、悟りました。何不自由ない暮らし、幸せな生活にいきなり終止符を打つことにきっと皆困惑してしまうでしょう…でも、私にとっては、こんなに愛されているのに何の期待にも応えられず勝手に生きづらくなっているくらいなら、…幸福な人生すら自ら歩むことを放棄してしまうようなら、そんな芽は摘み取ってしまう方が良いと感じたのです。………
……………………、…………
感想1
経験談を興味深く読み、私自身に照らし合わせながら、あなたの生活や感じてきたことに触れさせてもらいました。私もとにかく物語作品全般が好きで、アニメもゲームも小説も漫画も、毎日吸い込むように食べています。現実の日々にはどうして毎朝起きてもログインボーナスがもらえないんだと、若干の憤りを覚えながら生きています(と、書いていたら感想2の人も似たことを書いていて、本当に毎日生きていくことはハードすぎる……と改めて感じていました)。
ソシャゲにもいろいろあると思うのですが、ゲームは応答性が高くて、没入感を与えるための工夫が随所にされていますよね。その中でそこにリアリティを感じていくのも人間の認知の仕組みとして自然な気がします。でも私たちには肉体があって、別世界の中に体ごと入っていけるわけじゃないから(そして私たちが創作を楽しむことができるのは、身体反応としての感情が私たちにあるからなので)、そのことのむずかしさがあるように思います。
急激に勉強への意欲が減ったことは、あなた自身も戸惑う出来事だったのかなと思いました。親の勉強への期待は、あなた自身も重たすぎると気づきつつも、それに応えることが当たり前に要求される中では、できる限り応えてきた日々だったのかなと想像しています。母親さんの、お姉さんに対する「失敗」は結構凄まじいワードで、私は「いやいや、親であっても人の人生勝手に失敗とか決めつける権利はなくない?」と勢いよくつっこみを入れたくなってしまいました。母親さんにしてみれば、世界観の大部分が学歴や能力主義に支配されているのかなと考えると、そういう母親さん自身も実は不自由な状況なのかもしれないとも思います。親の影響を大きく受ける子どもの立場では、その状況から逃げるためには、現実そのものから逃げるしかなくなるのも自然なことのように感じました。
私は、親に褒められる子どもである必要はないと思っています。そうは言っても、怒られるのは精神的に負荷がかかるし、疲れることではあると思うのですが……。サボるってもともとフランス語のサボタージュという言葉で、これは自分たちの権利を訴えるための抗議活動のひとつなのだそうです。私たちは、いい子で生きてくることを求められすぎるけど、サボるのも、無理をしないで過ごしてみるのも、自分が回復できる時間を探すのも、生きるために大事な活動なんだろうなと思います。心か体か、なにかしら無理が重なった中で、現実をこれまでみたいに過ごせなくなったタイミングなのかなとも考えると、それもそれで大事な時間のようにも思うのでした。
というか、現実って言っても、どれが現実なのでしょう?世間が「最高」って言ったとしてもあなたが重圧を感じていたなら、そう感じること自体が「現実」で、それを最高だということにすること自体が「虚構」にも思えてなりません。「人生の主軸」という言葉がありましたが、あなたは「現実」から「夢」に主軸をずらしたというより、「親の期待」や「世間から見て」という他者軸から、自分軸をすこしずつ取り戻そうとしているところなのではないかと思いました。
私もいまも毎日大量の物語を浴びながら、現実と物語世界を行き来しているように思います。だから、あなたの言葉を読み、仲間を見つけたような気持ちになりました。投稿ありがとうございます。
感想2
投稿ありがとうございます。きっとこれはお互い感覚的な部分かもしれせんが、「なんとなくわかる…。」の気持ちがある私から、感想を書かせてもらえたらと思います。世間的に見たら仮に”怠け”と言われてしまうものだとしても、あなたの中ではつらさの一つであり、勉強することへの”違和感” でもあったんじゃないだろうかと感じました。人生の主軸について、「ふっと気づいた」とありましたが、本当にふとした瞬間の気付きで、その時はまるで時間が止まったような、確信的な感覚もあったのではないかな…と、私自身の経験から想像させてもらいました。私もアニメやソシャゲ、マンガが好きなのもあり、先ほども言ったように、感覚的な部分で共感しているのかもしれません。(精一杯の語彙、という所にも、こんな感覚が含まれていることへの言語化なんじゃないだろうかと考えています。)私の体感では、現実世界がしんどければしんどいほど”夢”にいるイメージがあって、それは時々、ひとつの解離状態のような……そんな体感もある気がしていて、あなたも似た状態だろうかと気になりました。
正直、毎日毎日現実世界にログインしなければならない時点で疲れる気がします。起きて、着替えて、学校に行って……。何かボーナスタイムがないとやってられないですし、ましてやこちらに得のあるイベントごともないので、とりあえずセーブして一旦休みたくもなります。投稿を読みながら、セーブできる時間も無く進む日々に、違和感と嫌悪感があるあなたの様子を感じた気がしました。ネットにいる時に出せる”本来のあなた”は、一体どんな感じで、どんな気持ちで過ごせているのだろうかと思いました。きっと貴重な時間で、でもとても儚い時間でもあるのかな…と考えています。そんな反動もあり、尚更現実世界がぼやっとしてるかのように感じたり、「今この瞬間の自分は”どこ”の自分なんだろう?」と、そんな状態にもなるのかなぁと想像しました。感想を書きながら思うのは、このようにあなたの中で苦しみ、もがき、不快感を覚えながら過ごしているのにも関わらず、あなたの言うように、周りからしたらただ怠けているだけに見えるという現状に、勝手ながらモヤモヤする私がいます。目には見えない苦しみが確かにあるのに、そこの中身を見ようとせず・知ろうとせずに判断してしまうことに対し、とても恐ろしいことでもあると改めて考えさせてもらいました。
また、死と連結して、夢の中が消えてしまうことに対して不安に思うあなたからは、とても素直で率直な気持ちが聞けたようにも思いました。それほどまでに夢が大切で、あなたにとって唯一呼吸ができる居場所であることが伝わります。私の個人的な意見ではありますが、あなたのこういった感覚や想いを、「現実逃避」という言葉で片付けられてしまうのは、またどこか違うように感じ、何か別の言い換えを一緒に考えたい気持ちになりました。
母親からの重圧も苦しいですし、姉に対しての残酷な言葉も、勝手ながら憤りを覚えます。恵まれた家庭…とありましたが、私からするととても息苦しく、鋭い言葉を自分でも気付かぬうちに浴びて過ごしてしまっているんじゃないだろうかと思いますし、勝手に生きづらくなっているというより、生きづらく”させられた”ゆえに辿り着いたやっとの先に夢の世界があって、それがなんとかあなたの心を繋ぎ止めている状態でもあると思いました。そして、「私は追い詰められた」とあった、あなたのその言葉が真理でもあると感じました。夢の世界の話も、現実世界の話もできる場がここなのであれば、またいつでも書き込みに来てください。
感想1
経験談を興味深く読み、私自身に照らし合わせながら、あなたの生活や感じてきたことに触れさせてもらいました。私もとにかく物語作品全般が好きで、アニメもゲームも小説も漫画も、毎日吸い込むように食べています。現実の日々にはどうして毎朝起きてもログインボーナスがもらえないんだと、若干の憤りを覚えながら生きています(と、書いていたら感想2の人も似たことを書いていて、本当に毎日生きていくことはハードすぎる……と改めて感じていました)。
ソシャゲにもいろいろあると思うのですが、ゲームは応答性が高くて、没入感を与えるための工夫が随所にされていますよね。その中でそこにリアリティを感じていくのも人間の認知の仕組みとして自然な気がします。でも私たちには肉体があって、別世界の中に体ごと入っていけるわけじゃないから(そして私たちが創作を楽しむことができるのは、身体反応としての感情が私たちにあるからなので)、そのことのむずかしさがあるように思います。
急激に勉強への意欲が減ったことは、あなた自身も戸惑う出来事だったのかなと思いました。親の勉強への期待は、あなた自身も重たすぎると気づきつつも、それに応えることが当たり前に要求される中では、できる限り応えてきた日々だったのかなと想像しています。母親さんの、お姉さんに対する「失敗」は結構凄まじいワードで、私は「いやいや、親であっても人の人生勝手に失敗とか決めつける権利はなくない?」と勢いよくつっこみを入れたくなってしまいました。母親さんにしてみれば、世界観の大部分が学歴や能力主義に支配されているのかなと考えると、そういう母親さん自身も実は不自由な状況なのかもしれないとも思います。親の影響を大きく受ける子どもの立場では、その状況から逃げるためには、現実そのものから逃げるしかなくなるのも自然なことのように感じました。
私は、親に褒められる子どもである必要はないと思っています。そうは言っても、怒られるのは精神的に負荷がかかるし、疲れることではあると思うのですが……。サボるってもともとフランス語のサボタージュという言葉で、これは自分たちの権利を訴えるための抗議活動のひとつなのだそうです。私たちは、いい子で生きてくることを求められすぎるけど、サボるのも、無理をしないで過ごしてみるのも、自分が回復できる時間を探すのも、生きるために大事な活動なんだろうなと思います。心か体か、なにかしら無理が重なった中で、現実をこれまでみたいに過ごせなくなったタイミングなのかなとも考えると、それもそれで大事な時間のようにも思うのでした。
というか、現実って言っても、どれが現実なのでしょう?世間が「最高」って言ったとしてもあなたが重圧を感じていたなら、そう感じること自体が「現実」で、それを最高だということにすること自体が「虚構」にも思えてなりません。「人生の主軸」という言葉がありましたが、あなたは「現実」から「夢」に主軸をずらしたというより、「親の期待」や「世間から見て」という他者軸から、自分軸をすこしずつ取り戻そうとしているところなのではないかと思いました。
私もいまも毎日大量の物語を浴びながら、現実と物語世界を行き来しているように思います。だから、あなたの言葉を読み、仲間を見つけたような気持ちになりました。投稿ありがとうございます。