私は小学2、3年生の頃精神的な虐めにあいました。当時私の親が保護者の会などの会長をしており、「会長の娘」というあだ名を付けられました。それだけなら良かったものの、自分の名前などでは無くそのあだ名で呼んできました。やめてと言ってもやめてくれることはありませんでした。最初にそのあだ名を付けたのが担任の先生ということもあり、教室の中にいる人達全員に言われました。内容はそのあだ名を呼ばれることや、「会長の娘ならできるよね?」「なんでこんなこと間違えるの?」「あなたは陰のリーダーだよね」などと言われる日々が続きました。それで約1年程経った3年生の秋頃にいじめ調査という紙が配られました。そこにあだ名のことを書き、無事虐めは終わりました。ですがやってきた人達は虐めをしたとは思っておらず、それは担任の先生もそうでした。そこで私は色々なものに自信がなくなってしまいました。自分の性別、陰キャか陽キャか、自分の名前、自分の意見、初対面の人との接し方。まとめるとこのような感じでした。
今年小学生最後の年になりました。小学5年生の秋頃に不登校になってしまいました。隣のクラスの担任が2、3年生の頃の担任の先生でした。そこで事情などを知っていた両親が教育委員会や校長室に行き、関わらないようにして欲しいなどと言ったと言われました。ですが私の願いはただただ関わらないようにして欲しかっただけでした。わざわざ教育委員会などに行かず、電話だけでも良かったんです。
自分の意見がわからなくなっていくにつれて、何でもいいと言う場面も増えてきました。でも「本当は何がいいの?」と聞かれる場面も同じくらい多く、いつも周りの目を見ながら答えています。それで人という存在に恐怖を覚えました。もちろん自分も両親も例外ではなかったです。そんな状況で今年受験という年に入りました。勉強は中々やらず時間だけがすぎていく一方で、オーバードーズに手が出てしまいました。嫌なことも忘れていられました。ですがそんな時間は少ししか続かず、最近は起立性調節障害と貧血の可能性を疑われています。
全部分からなくなって自分と両親も怖くって、自分の意見さえも言えないです。感情も表に出すことは難しく、カウンセリングの先生にも本当のことを全て話すことはできなかったです。私は色々な選択肢があったはずなのに、何でもいいという言葉を繰り返し使ってきました。ずっと死にたくってでも死ぬことさえも自分で決められなくて、今日まで悩んでいます。この先ずっと悩み続けて終わるんじゃないかなと思っています。
私はどうしたら良かったのでしょうか?
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
よく分からない
感想2
悩みの迷路の中で苦しんでいる印象を受けました。そして悩むことから解放されたい、助かりたい、そんな気持ちが、死にたい思いにつながっているようにも思います。会長の娘と呼ばれるようになった時にやめてほしいと声を上げたこと、いじめ調査の紙にあだ名のことを書いたこと、2、3年生の頃の担任に関わらないでほしいと親御さんに伝えたこと、どれもすごく勇気のいることだったろうしあなたの声はとても真っ当なことだとわたしは感じています。
それでも、あなたのやめてほしいと言う声が伝わらなかったり、いじめをしてきたことに対するクラスメートや担任からの謝罪などの誠意がなかったり、親御さんが教育委員会に行ってしまったことなど、あなたが思ったり想像していた「周囲の反応や、解決」に至らなかった経験の積み重ねがあったのかなと感じています。その経験の積み重ねは、あなたが自分の意見を言うことが怖くなったり、自分の気持ちを押し込めてしまうのに十分なものだと思います。
もしかしたら、元々自分の意見を言うのが得意ではなかったりしたのかな、とも想像した上で、その背景には学校のことだけでなく、あなたがもっと小さな頃から親御さんとの間に積み重なってきた、(例えば)あなたの選択や意見をあまり尊重してもらえなかったり、あなたの気持ちにきちんと向き合えてもらなかったりなどがあったのかもしれないな、とも思っています。(違っていたらすみません・・)
あなたの文章を読みながら、どの言葉を使うべきか、吟味し、慎重に言葉を選んでいることが伝わってきています。それはとても繊細な言葉選びで、人に伝わる文章だと思いました。口頭や対面で話すよりも、時間をかけて文章で人に伝えることのほうがあなたにとって負担が少ないのではないかなと思ったりしたのですが、どうでしょうか。もしも対面や口頭よりも文章のほうが負担が少なそうであれば、この文章をカウンセリングの先生に見せてみるのもいいかもしれませんし、気持ちを伝えるときには手紙を書いてみるのも一つかもしれません。
あなたの気持ちを人に伝えて、あなたが「向き合ってもらえた・伝わった」と感じられる経験を小さなことからでも積み重ねてほしいなあという気持ちでいます。経験談が、あなたにとってそんな場所になったらうれしいな、とも思います。
感想1
経験談の投稿ありがとうございます。文章を読みながら、「私はどうしたら良かったのでしょうか?」という最後の問いに対して、しばらくぐるぐると考えていましたが、子どもだったあなた一人で、どうにかできることではなかったのではないか…とその時の状況や環境を考えて思いました。いじめというと、暴力や暴言のような分かりやすいものが目立ちますが、でも、「担任の先生がつけたあだ名」が教室全体に広がり、それが当たり前になってしまったことが何より影響も大きく、そして理解されにくさがあなたを追い詰めたように感じます。本来その子だけのものである「名前」が奪われ、「あなたはこういう人」という役割を押しつけられ続けることは、存在そのものを少しずつ削られていったのではないでしょうか。さらに、「会長の娘ならできるよね」「陰のリーダーだよね」と言われ続けたことで、あなた自身が“私は本当は誰なんだろう”と分からなくなってしまったことは、とても自然なもののように私は感じています。(担任の先生の軽はずみな言動に、こんなことここで思っても仕方ないとは思いつつ、すごく憤りを感じてしまっています…)
また、ご両親が教育委員会まで動いてくれたことについても、あなたの気持ちとしては複雑だったことが切実に伝わってきました。大人から見ると、「子どもを守るために行動した」と映る出来事でも、当事者の子どもは「そこまで大きくしてほしかったわけじゃない」と感じることがあるよな…と私も経験して思うことです。あなたが望んでいたのは、大人同士が大きく争うことではなく、“もうこれ以上関わらないでほしい”という静かな安心だったのですよね…。
「死にたくってでも死ぬことさえも自分で決められなくて」という一文に、これまで何かを自分で決める経験そのものが傷つけられてきた人生だからこそ出てきた言葉なのではないかと私は思いました。あなたが優柔不断だからとかそういうことではなく、自分で自分のことを認められるという機会が奪われてしまった結果だと思うと何とも勝手ながら歯がゆい気持ちになってしまいました。「何でもいい」は、本当に何でもよかったのではなく、「間違えたらまた傷つく」「自分で決めても否定されるかもしれない」という怖さから身を守るための言葉だったと私は受け止めました。
経験談を読み終えて、あなたがもっと頑張れば防げた話ではなく、最初に守るべきだったのは周囲の大人たちだったということを強く感じました。あなたは「色々な選択肢があったはずなのに」と書かかれていますが、選択肢がなかったのはあなたではなく、周囲の大人たちが取れたはずの選択を取らなかったことの積み重ねだったように私は思います。
“本当は私は私として生きたかった”という願いがあなたの中にあるように感じ(違っていたらすみません)、その気持ちは無視されていいものではないと思いますし、容易なことではないかもしれませんが、そうしたやるせない気持ちや悲しかったこと、苦しかったことについてケアされる時間があってほしいと思いました。こうして自分のことを誰かと共有して一緒に考えることでほんの少しでもあなたが楽になるようであれば、また必要に感じられた時、死にトリに声を届けてほしいです。