のびアート

私にとって、「不安」という感情は重荷です。
授業中も、友達と遊んでいる時も、家に帰っても、どんな場所に行っても、座ってみても、寝転んでみても、どうやってもおろすことのできない「不安」を、私はずっと背負っているのです。

「いい加減、離れてよ」
「やだ」

私は背中にべったりとくっついている不安と、時折そんなやりとりをします。
「やだ」と返されてしまっては、それ以上何も言えません。
結局私は、不安を背負ったまま、生活を送るのです。

「何をしても無駄だよ」
ある日、私が部屋でスマホをいじっていると、背後から不安の声が聞こえました。
突然のできごとに、私は自分の耳を疑いました。今まで、私から話しかけたことしかなかったのです。
私はスマホを置いて、不安と話し始めました。
「…どうして?」
「離れることなんてできない」
「…でも、苦しいよ」
胸をぎゅっとおさえ、うつむく私。
そんな私に、また不安の声が聞こえました。

今度は背後からではなく、正面から。

「一応、君を守ってるつもりなんだけどな」
「そんなの分かってるけど、苦しい」
「…ごめんね」
不安が苦笑を浮かべながら言いました。
「苦しいけど…離れろって言ったのは、ごめん…」
不安を傷つけているような、自分を傷つけているような痛みを、実はずっと感じていました。
「いいよ。だって、やだって言ったらそれ以上は何も言わないでいてくれたから」
「…気遣って言ってるでしょ」
「うーん…それは、まぁ…」

不安と私はとても似ていて、お互い苦しくて、お互い傷ついていました。
私は不安のことを、重荷だと感じています。
でも、こうやって向かい合って話せれば、その間だけは重たくないのです。
どんなきっかけで向かい合えるのかは、よく分かりませんが…。

不安と私

感想1

この「不安」というものがいると、怯えだけは人一倍感じるものの、面白味も嬉しさもこいつを退散させることはできずむしろ打ち消されてしまうし、身体が重くて動きが遅くなる。けれどそうすることで、こいつは必死で私のことを危険から守ろうとしているのだということも同時に感じてしまうから憎めない。「不安」も常に不安であるのだと思う。だから私は、こいつを安心させる方法を探している。

感想2

内側での不安との対話、こんなにも言葉にしてもらったものを読んだのが初めてのように思って、驚きと納得感も少し混ざり合ったような気持ちでいます。私は色々に対して、こわい、どうしよう...と思ったり、内側でケンカが多発すると身動きが取れなくなる時があって、でもそれって向き合うのが難儀そうなところの声を無視してしまう時に起きるのかも、と気づかせてもらったような感じがします。それから、投稿者さんがただ背負うのではなく横に並んで歩く日もやって来そうなイメージを持っています。

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