のびアート

海水の中を沈んでいく。
息が出来ない。
苦しい。
何とか浮上しようと試みるが、
ジタバタしているうちに
海水を飲み込んでしまって
物凄く苦しい。
目も鼻も痛い
怖い。
何とか浮上したくて、
もがくけど、
どんどん下に落ちていくように思える。
身体が重い、疲れた。
でも力を抜いたら沈んじゃう。
どうしたらいいの?

そうだ、小学生の時にスイミングで習った背泳ぎの格好を取ろう。
両手は耳の後ろに、腰を少し反らせて、お腹を上に突き出すように。
力を程よく抜いて……


これを日々の生活に置き換えると難しい。
今ある力が微々たるものだから、程よくとは言え、これ以上抜くと0になりそう。

でも、それは私から見た“0”なのか、誰かの物差しで測った“0”なのか。
私は自分の物差しを持っていない気がするから、誰かの物差しかもしれない。
確かにどこか誰かの物差しで測ると目盛りは0で止まっているであろうけど、私は私の物差しを作ろう。それがアイデンティティだから。私の人生の最高責任者は私なんだから。0かどうか決めるのは私であるはずだし、0になることも必要かもしれないから。

物差し。

感想1

私自身溺れかけているような苦しさを感じながら生きていて、程よく生きるためのメソッドをたくさん耳にしてきたけれど、どれもしっくりこない。どんな状態が楽なのか、その基準点すら自分でもよくわかっていないから仕方ないと思う。かといって他人の物差しを自分の領域に持ち込むことが有効かと言われれば、違うと思う。探り探り、メモリを作る。それでいいし、それしか無いと感じた。

感想2

水の中では力を抜いた方が浮くって言われたりするけど、溺れてるときにはそんなわけないじゃんってしかならない。陸にいてもパニックで呼吸が崩壊しそうな時、インターネットには「吸うより吐け」って書いてあったけど、そんなわけないじゃんって、うまくできなかった。たぶん、そう言った人には、経験則や実感があるんだろうなって思うけど、それは自分の実感ではないからむずかしい。1mって「1秒の299792458分の1の時間に光が真空中を伝わる工程の長さ」らしいけど、それをわかるのは難しすぎるから、自分の実感を探していくのが、自分の物差しづくりなんだろうなって、読んでいて、自分に置き換えてそんなことを思った。

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