経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
食事が出来ることは幸せなこと
大学受験の勉強のストレスから色々なことが出来なくなりました。勉強や登校、大好きだった外出、睡眠、入浴、食事。特に食事が難しくなりました。今回は食事のことをお話したいです。
最初の頃は食欲不振でも食事を口に入れれば「なんだ意外といけるじゃん」と1日3食摂れていました。まだ週に数日なら登校や外出が出来ていた頃です。
しかし、段々と登校や外出が出来なくなると、「食べたい」と思うものは沢山あるのに、体が受け付けなくなりました。1日の食事が、ゆで卵とお菓子と飲み物になりました。この頃には、登校も勉強も外出も全く出来なくなりました。
ここ2、3週間では食感や匂い、温度などにより敏感になり受け付けるものは片手で数えられる程に減りました。また、「これを食べたい」とすら思わなくなりました。1日の食事は、飲み物とゼリー数口の日が続いています。体重も30キロ代まで落ちてお布団から出るのもやっとです。
これまでに精神的にしんどい時は食欲不振になり体重が減ることはよくありましたが、ここまで食事が出来なくなったことはありません。
最近は毎日、「好きなものを好きなだけ食べられるって、幸せなことだったんだな」「食べたい時に食べておけば良かったな」と思っています。鏡に映った自分の体を見て「痩せ過ぎて気持ち悪いな…」とも思います。段々と着実に、受け付けるものも体重も減っていき「このまま飲み物しか飲めなくなる日も来るのかな」と不安に思ってます。
また、親は私が精神的にしんどいことも痩せたことも知っているのに「病院に行こう」とは言いません。以前、起立性調節障害と診断された時に「大丈夫でしょ〜」と軽く扱われた事もあり、自分から「病院に行きたい」とも言えません。ひたすら毎日、死にたいと思いながら受け付けそうなものを試し試し食べています。
いつか自力なり周りの力を借りるなりして、好きなものを好きなだけ食ベて「美味しい」と思える日が来るといいな…と思ってます。
感想2
タイトルしかり、本文しかり「そうだよなあ…」と噛み締めながら読んでいました。
「食べられることは幸せなんだよ」という言葉は食べ物があることについて感謝をしなさいという文脈で言われることが多いイメージがありますが、食べ物が豊富にあるだけでは食事は成立しなくて、その食べ物をきちんと食べられる身体も必要だということは、多くの人が忘れがちというか、何か身体に不調が起こらない限りは基本的に考えもしないことだと思います。
私は長いこと摂食障害と肩を組んで歩いています。「おいしい」、「お腹すいた」ってどんな感覚だったかな…という状態で、自分が食べられるものだけ食べて生きています。見ようによっては自由放埓きわまりない食生活です。身体が受け付けない、「食べたい」とすら思えない状態の辛さはよく分かるし、実際食べられなさすぎて体が動かない、みるみる体重が減っていく自分の状態を認識せざるをえないこと、それによって感じる恐怖や不安はとても大きなものだと想像できました。
メンタルによって食行動が顕著に変わるようになってから、私は心と身体が繋がっていることを実感することが多くなりました。あなたが今しんどくなっている原因である大学受験は、あなたの生活の何もかもを滅茶苦茶にしてしまうほどの重苦なのだと感じました。文章からあなたがどれほど打ちのめされているか伝わってくるのに、実際では受験ストレスとそれに伴う諸症状は見逃されがちであるような気がします。それどころか「そういうものだから」で済まされてしまったり。でも「受験は苦労するもの」という共通理解の下、精神的に追い詰められる人がこんなにたくさんいる状態は率直に表現すれば異常だと感じるし、はっきり言って社会病理の一種だと私は思います。死ぬ気で頑張って合格を手にしても、極限まで酷使した心身はすぐに元気になるものなのだろうか、受験で崩した調子がそのまま戻らない人も暗に多く存在するのではないかと思います。受験生を頑張らせるの、もうやめてほしいな…とずっと感じています。
さて、投稿から一カ月近く経ちましたが、体調は大丈夫かなと考えています。とにかく食べられるもの、食べられそうなものを食べてほしいし、まだ体重減少が続くのであれば身体が心配なので、一度病院にかかってもいいかもしれないと思いました。上手く食事がとれない人用の栄養剤(すっごく甘い)など処方してくれるかもしれません。私の親も申告しないかぎりは病院へ連れていかないタイプでしたが、自分が「治したいかも」と思ったときに病院へ行けて結果的に良かったと今の私は思っています。
大学受験へのプレッシャーに焦らされることもあると思いますが、今はただ、あなたの身体をゆっくり休められる環境があってほしいという気持ちです。よければまた、苦しさや辛さを書き置きに来てください。
感想1
だんだんと食事がとれなくなっていった過程がよく伝わってきました。現在は食欲もなく食事が十分にできないことで、体重の減少をはじめとした様々なしんどさ、辛さがあなたにのしかかっているだろうなと思いました。私も不眠症だった頃は毎日「今日もどうせ寝られないんだろうな」っていう不安に押しつぶされそうだったので、この先について不安に思うあなたの気持ちが、なんとなく分かる気がしました。また、今まで当たり前にできていたことができなくなるショックや不安を今感じているのかなと思います。そんなあなたが言う「食事が出来ることは幸せなこと」という言葉の重みを感じました。
現状を導いた原因として大学受験を挙げていたと思います。それを読んで、食事とか生活のことがままならなくなるぐらいのストレスを与える大学受験ってどうなんだろう…とまず率直に思いました。「受験うつ」って言葉もあることから考えるに、この社会でいわゆる「受験うつ」という現象は蔓延しているのかもしれません。受験はある一定の尺度(?)に応じて人のその時点でのある力を判断する仕組みで、「○○の勉強したい」という積極的な理由や「いい大学(?)に受からないと将来が不安」とか「親の期待に応えないと」といった本人がしんどくなるような理由で受験に臨むのかなと思います。でも、「○○しないと」って思いながら勉強するのはしんどいことだろうと思いますし、そもそも「大学で就職先がある程度決まる」という強迫観念のようなものも私としては気に入らないと感じるときがあります。「何歳からでも人生をより良く生きられる」って感じられる世の中であってほしいと思ってしまいます。
また、あなたの経験談を読んでいて、あなたひとりでなんとかしているのかなという印象を受けました。外出もままならないとのことで、たぶんリアルで関わっているのは親がメインなのかなと思いますが、あなたがかなり痩せているのにも関わらず、サポートをしている様子があまり経験談から読み取れなくて、「普段どんな感じで会話してるんだろう…」「今までもあんまり関心を持たれていなかったのかな…」と勝手に想像が膨らみました。
今回は食事のつらさが主に書かれていましたが、食事以外もままならない状態となると、本当にあなたの心身の状態が心配になるなぁ…と思います。大好きだった外出も難しいとのことで、ストレス発散できないしんどさがあるでしょうし、そもそもストレスを発散する気力もないのかなと思いました。
食事以外のことでもしんどさを抱えているでしょうし、今までの人生でもつらかったことがたくさんあるのかなと思いました。もしまた投稿したくなったらぜひ死にトリに来てください。