幼い頃の自分は活発的で誰よりもポジティブだと思って生きてました
中学に入ってから少し周りの目を気にするようになりました、部活は吹奏楽でトロンボーンを吹いてました、この3年間がこれ以上ないくらい充実した日々を送れました、自分にも自信がありクラスの中でムードメーカーだと勝手に思ってました、今思えば自信過剰だったのかな、
高校に入ってから急に体調がおかしくなりました、子供ほんと小学生の時にしたことが自分で許せなくなりそこから何かに追われてる感覚、監視されてると思うようになりました、
最初は環境の変化で疲れてるのかなって思っていたら、急激にひどくなり妄想が止まらなくなり、授業中もみんなが自分を見ていると思っていました、その時は家族自体がピリついてて、家族にも誰にも打ち明けられず、ほんとにギリギリ状態でした、部活もやっていたけど300m走とかのメニューも走ること自体の恐怖よりも妄想に呑まれそうになるんじゃないかという恐怖でした、どんどんみんなが自分を軽蔑していってる感覚に襲われでもこの時は自分でも何が起きているのか分かっていない状態でした、
大学には行かず地元の農協に勤めることになり、ここで一気に妄想と幻聴が激しくなり、当時の課長が精神科に行ってこいと言われてお母さんに連れられ受診しました、
病名は統合失調所、100人に一人罹る病気だそうです、この時の気持ちは心から安心しました、何故かと言うと自分はもう人間じゃなくなってしまったんじゃないかって、毎日心が噛み合わなくなるうちにそう感じるようになりました、課長にも説明したが自分自信無理をしすぎるとこがあって限界の限界まで自分を追い込んでしまいました、それから退職せざるを得ない状態までになってしまいしばらく引きこもりをしてました、たまにアルバイトをしてみても、全員が敵に見えて怖くなり続きませんでした、ここから今の自分の話をします、今はつい最近死にたい気持ちが限界にいって家を飛び出してパニック状態になって、ほんとに死のうとしたけど怖くて出来ませんでした、もう限界を超えたんだと思います、変な笑い声も出るようになって一番辛いのは自分は家族に迷惑をかけたくなくて高校生の時から無理矢理抑えてたのに、家族の前で症状を出してから監視スマホの中身とか財布とか全てのものに監視の目がつくようになり、自分も悲しさとか怒りも色んな感情で暴れると軽蔑されて、妄想だって思ってたのが現実になって今はもう全てがどうでもいい状態です、でも孤独感だけはあって話し相手が欲しくなるんですけど、みんなが敵に見えてしまします、心が凹みすぎて戻る自信もないくらいにしんどいです、今はただ理解者が欲しいです。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
俺は所詮笑いもん
感想2
経験談、読ませてもらいました。
私の目には、誰かを頼りたくても、頼れず、一人で抱えて闘ってきたような印象を受けました。
妄想といっても、実際に起こっていることとして感じるものだったと私は思ったので、特に、症状が出始めた当初はあなた自身でも一層怖かったのではないか、戸惑ったのではないかと感じました。そして、次第に妄想にのまれそうになる感覚があったようですが、あなた自身も何がリアルでそうでないのか判別が難しく、とても混乱したのではないかと思いました。他にも、その頃には既に軽蔑されているように感じていたようなので、一層目立たないように症状を抑える、人に見せないようにすることはとても、難しいことだったのではないかとも思いました。
そうやって、自分を抑えるしかなかったことに私はどれだけの苦労があっただろうかと考えさせられましたし、周りを信用できず、孤独感も次第に強くなっていったような印象を受けました。
そんな中で、症状が強くでるようになり、精神科を受診して、統合失調症と診断されたとのこと。はじめは診断名がついて、少しホッと安心したような印象を受けましたが、それをきっかけに、ある意味、周りから統合失調症だから…と簡単に片付けられる(または見られる)、そして管理が強くなってしまっていたように思えました。
個人的には、統合失調症はあなたの一つの部分なだけあって、統合失調症があなたのすべてではないように思いました。だからこそ、まずは統合失調症のあなたとしてではなく、あなたを見てほしい、私が同じ立場ならそう思うかもしれないなと思いました。
また、よかったら、書きにきてみてください。
感想1
経験談を読んで、妄想や幻聴、感覚的なものの理解のしづらさ・されづらさについてぐるぐると考えています。周りがみんな敵に見えてしまうという感覚・妄想も、実際に周りがみんな敵という事実も、どちらも恐怖や不安を感じることには変わりないと思うのですが、なぜだか人は妄想だとわかると「妄想だから」と、感覚的なものだと「気にしすぎだよ」というような反応になってしまうことがあるのかな…と感じています。(これも私の感覚的なものなので、絶対ではないのですが)
だからこそ、できるだけ見せないようにしてきた中で、抑えきれなくなった結果、家族から監視の目がつくようになったという部分を読み、とても複雑な気持ちになりました。そこに至るまでのあなたの心境にはたくさんの葛藤や苦しさ、いろんな感情を抱え続けている感じたからです。その背景を家族は知っているのだろうか…とも考えていました。これも、見えづらく理解されづらい現状があると感じています。SOSを出したくても出せず我慢や無理を重ねていると、その限界が来た時に極端な行動などで表出してしまうことがあると思っています。周りからみれば、突然のことに見えてしまうからこそ、表出した「行動」に対する対処をしてしまうこともあり、「なぜ突然そうなったのか?」というところが中々着目されない気がしているからです。と書いている私も、「なぜそうなったのか?」にちゃんと着目出来ていないこともあるのですが、それが大事だよなぁ…と改めて感じる時間でした。