原稿を書いている時間は真夜中1時です。私はここ数日、いや、1週間は眠れていません。どうしても心が苦しくて、悲しくて、止めたいのにも関わらず涙が出てきます。
時は遡ってゴールデンウィークが終わった翌日のことでした。
私は突然クラスメイトや部活の同級生の笑い声がまるで自分のことについて、何か言及されているんじゃないかと思い込んでしまうようになりました。
もちろん、いじめられているわけではありません。ですが、何故か聞こえてくる笑い声に耳を塞ぎたくなっていました。脳裏を突き刺すような甲高い笑い声が日を重ねるごとに苦痛になっていました。
笑うことはいい事なのに…、気づけば静かな場所を求めていたら、自らひとりになってしまいました。
それからのことです。ストレスからか、今度は忘れ物や失くし物が多くなりました。学校の課題に手をつけたのに、家におき忘れたり、失くしたりしてしまいました。
私の学校は勉強のできる人が多く、課題も多く出されていました。先生は課題提出には口酸っぱく話していました。提出し忘れた人の先生の対応を見て、私は先生という存在自体が怖くなりました。
ですが、ついに私も提出物を忘れてしまったのです。「ちゃんと明日提出します」と告げた昼休み、あまりのショックに私は部室に駆け込み、1人で泣いて動けなくなってしまいました。結局、午後は保健室に長居してしまいました。
さらに、部活での練習でミスが増えたり、同級生から冷たい視線を感じたりすることが増えました。何か話題を振って話そうとしても曖昧な返事で返されるだけでした。
私は、学校での居場所がなくなってしまうんじゃないかと恐れていました。この時にはすでに、毎朝学校に来るたびに涙が出てしまうようになっていました。
心が壊れていく私に追い討ちをかけるような出来事がありました。
それは、眠れない、食べれない、起きれないの症状を抱えたままやってきたテスト期間のことでした。
私は進路の関係上、他の生徒よりテストの受験科目が少ないため、テストを受けない教科は自習室で勉強するようにと言われていました。
ですが、私は部室に閉じこもっていました。もう頭が真っ白で、移動しなきゃと思っても移動できず、勉強しなきゃと思っても内容が頭に入ってこず、パニックになっていました。
その状態を進路指導の怖い先生に見つかってしまいました。
冷たい目で放たれた言葉は、「今すぐ移動してください」…でした。
ちゃんと「助けてください、今、心が壊れて動けないんです。」と言えたら、少しは気持ちが変わったんでしょうか。ですが、その時私はか細い声で「ごめんなさい」としか言えませんでした。
私は最後の力を振り絞って自習室に来ました。席に着いたとたん涙が止まらず、その状態のまま教師でテストを受けました。赤点確定です。先生に怒られるぐらい、酷い点数だと思います。この日がテストの最終日でなければ、私はもっともっと苦しい思いをしていたと思います。
たくさんの辛い事が重なって、私はこうして体に支障が出るほどにまで悩みが膨れ上がっています。
親に話しても、「食べれば、寝たら、どうにかなる」「いつまでもそんな気持ちでいたら駄目」と言われてしまいます。
どうにかならないから相談したんです。勇気を出して言ったのに、返ってきた言葉は私に追い討ちをかけるようなものばかりでした。親に話しても、無駄なんだと思いました。
もう、どうしたらよいか分かりません。私が弱いせい、おかしいせいで辛い事全て起きたんです。自業自得です。私より苦しんでいる人は世の中数えきれないほどいます。そんなことは分かっています。でも、私も辛いのは辛いんです。人に迷惑をかけるくらいなら消えてしまいたいです。
部活だって私の代わりはいくらでもいます。学校だって私はいつも影のような存在です。家族に話してもどうせ無駄です。
…そう、思ってしまうのです。
壊れていく私を、誰か止めてほしいです。辛いことが起こったのは全て、私が弱いせいなんでしょうか。
感想1
投稿ありがとうございます。読みながら、最初に感じたのは「弱いせい」ではなく、ずっと限界の状態で踏ん張り続けてきたのだろうなということでした。
ゴールデンウィーク明けから少しずつ笑い声が気になるようになったこと。忘れ物や失くし物が増えたこと。先生が怖くなったこと。部活でのミスが増えたこと。ひとつひとつを見ると小さな出来事に見えるかもしれませんが、それが毎日のように積み重なっていったのだとしたら、心も身体も休まる時間がなかったのではないかと思いました。
特に印象に残ったのは、進路指導の先生に見つかった場面です。「助けてください、今、心が壊れて動けないんです」本当はそう言いたかったのに、「ごめんなさい」としか言えなかったこと。私はそこを読んでいて胸が苦しくなりました。苦しい時ほど、人はうまく助けを求められないことがあると思っていて。頭では言わなきゃと思っていても言葉にならなかったり、自分でも何が起きているのかわからなくなったりすることがあります。だから、あの場面で言えなかったことも含めて、今も自分を責め続けているのではないかなと感じました。
また、ご家族に勇気を出して相談したのに、辛い気持ちや状況を理解してもらえなかった時のあなたの孤独を想像しました。“どうにかならないから相談したのに。”私はその一言に、あなたの苦しさが詰まっているような気がしました。
経験談を読んでいると、「私が弱いせい」「私がおかしいせい」「自業自得」と何度も自分に矢印を向けていますが、一方で、眠れない、食べられない、涙が止まらない、学校へ行くだけで精一杯になっている状態を抱えながら、それでも学校へ行き、部活へ行き、テストまで受けていたことも事実なのだと思います。
だから私は、この経験談から「弱い人」というより、「限界まで頑張り続けている人」の姿を想像していました。こうして苦しさを言葉にして届けてくれたこと自体、とても大きなことだったのではないかと思います。読ませていただきありがとうございました。