経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

無口な自分について

幼少期から無口な自分が嫌で、小学生の頃勇気を出して担任の先生に相談したことがある。その時に言われたことは『喋ることから逃げてるだけ。今までサボってきたからこうなってるんでしょ?』
その言葉がずっと頭に残ってる。
当時は確かにそうだなと思って積極的に喋るようにしてたけど友達同士の会話に追いつけない、雑談や説明が壊滅的に下手で喋り方を馬鹿にされるなどとても苦痛だった。
それでも積極的に話すようにしてたのにも関わらず中学卒業後、突然話すのが怖くなりまた無口に戻ってしまった。
成人した現在でも無口なままだしコミュニケーションも上手く取れず寧ろ口数が更に減ってかなり苦労している。今になって考えると先生から言われた事や自分がやった事は本当に正しかったのか、あの時どうすれば良かったのか分からなくなってきた。

感想1

無口であることで話そうとしてもコミュニケーションがうまく取れず、これまでも今も苦労されていることが伝わってきました。改善しようと自分なりに努力をしてこられてきた上で、怖くなったり疲れてしまったり色々あっただろうと思います。

小学生の頃に勇気を振り絞って相談をした時に言われた言葉は、スポーツ根性のようなアドバイスで、あなたの悩みの核に迫るものでも具体的にどうすればいいのかもわからないものだなあ、と思います。さらに「今まで」を否定される言葉は自分を責められたような気持ちになる言葉だとも思いました。子どもながらにどうしたらいいのか悩み自分でどうしようもないから相談したのに「努力して頑張れ」はあまりにスポ根すぎる・・と根性で頑張れないわたしは切ない気持ちになります。

わたしは、一対一で話すのはいいのですが、大人数になると途端に自分がどう振る舞えばいいのか、何を話せばいいのかわからなくなってしまう傾向があります。それから今のわたしのモットーは「話したくない時は無口に、話したいと思った時だけ頑張る」というものだったりします。あなたの無口のタイプはどんなものなのか、それからどんな風にできるかの作戦会議も含め、無口であることの何が嫌なのか、どんなことに苦労しているのか・・もう少し整理してみたいなという気持ちになりました。

感想2

「無口」という言葉で括られることによって、これまでどれだけの気持ちや内に秘めた思いを出せずにいたのだろうかと想像しながら読みました。

幼い頃から無口である自分、それを嫌う自分がいるなかで相談したときに返ってきた言葉は、幼心にとても突き刺さる言葉であったように思えます。それは“木を見て森を見ず”のように、表面的な開示にしか触れず、その本質に考えを及ぼそうとしていないとても安直な反応とさえ感じてしまった私がいます。

ですが、(幼いからこそとも言えるのかもしれませんが)身近な大人に「勇気を出して相談したことへの返事」として、あなた自身も自分の気持ちの深奥に触れられていないその言葉に対して「当時は確かにそうだなと思って」とあるように、どこか自分のなかに落としどころを見つけようとしていた部分もあったのかなと思えました。

けれど、その言葉がずっと残っていることや、今でも当時の正解を考えているあなたの気持ちを考えると、少なくとも当時先生から返ってきた言葉はあなたにとって納得できるものではなかったのだろうなと思ってしまう私がいます。

綴られている文章によって、少なくとも私にはあなたのこれまでの出来事や気持ちに触れることができています。リアルでは難しい部分もあるのかもしれませんが、ここに気持ちや思いを置きに来てくれたように少しずつでも胸中に秘めたものが形になっていってほしいなと思いました。

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