経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

人の生と死を見つめて

自分の人生を見つめ直し、一文をもって示すならば、「ゴミのような人生」である。ある同級生の死、他のある同級生のどうしようもない不幸。今になって尚、同級生さらには後輩、先輩、大人たちの哀しみを見てきた。特に忘れられない同級生。「イエスはね、救世主を意味するんだよ」と繰り返し私に聞かせてくれた母子家庭の、小学校時代の同級生は今でも忘れられない。実家に帰るとのことで転校になり、私自身も癌のため長期入院となり、消息は不明である。彼が救いを求めて繰り返し言っていたのかもしれない。
 他方で、その言葉は私に今に至るまで心に残る(恐らく死ぬまで残るだろう)言葉である。私は別にキリスト教徒ではない。しかし、なんの巡り合わせか、大学では法哲学を学び、哲学者のヘーゲルという人がイエスについて論じている本を読んだ。そして、より知りたくなり、なぜか遠藤周作を読んだ。なるほど、イエスという男は人間たちのあらゆる喜び、怒り、悲しみ、楽しみを見たのだろう。神の子?いや、違う。イエスという男は人間の複雑で動的な姿を見たのである。そこに、一人では生きていけぬ、しかし、孤独であるが、それでも「愛」という観念をもって生きた人間たちの姿を。
イエスが彼に何かできるわけではない。だが、イエスは彼の姿を見て、彼の隣に佇むに違いない。小学生の頃は、私は理解できていなかった。しかし、今ならわかる。私も、いろいろあった。PTSDになった、統合失調症になった、鬱病になった、癌にもなった。もはや普通の暮らしには戻れまい。街中を歩く人々を見て、彼ら彼女らが幸せであってほしい。一方で、私には遠い世界なのである。正直いえば、羨ましい限りである。空は青く、雲は太陽を際立て、草木は囁き、桜が舞い散る。自然の奏でる協奏曲だけが、私の居られる世界である。彼もまた、自然に包摂され、どこかで平穏に暮らしているだろうか。
とはいえ、そんなことを思っても、現実は厳しいのだろう。私は遠藤周作を読み漁った。遠藤周作は、遠藤周作自身の育った環境、時代背景もあり、あのような作風なのだろう。人の生が簡単に散り、死がすぐそこにあった。遠藤周作は、その、いわば「心の穴」または「傷」ともいうべきかどうか、悩むところであるが、そのような苦悩を小説として昇華させた。私も、現在、大学院において研究という形で昇華させようとしている。しかし、なかなか難しい。精神障害のため、一般人のもつ思考ができない。また、PTSDによって、語学ができない。だけれども、過去の思想史に関する著者らが、「君は私にどんな景色を見せてくれるのかな?」と笑顔で話しかけてきてくれる気がするが、それは妄想だろうか。いや、むしろ同じような境遇で書いた、社会の中で孤立した中で書いた、彼らの熱意が伝わっているのだろうか。
社会に対して様々な感情が入り混じった中で、それでも、将来への希望を託し、後世に向けて思想を残した先人たちには頭が上がらない。
それでも、辛いものは辛い。憲法の研究をしているけれども、今まで出会った人々を幸福にする方法を憲法はもたないという事実だけが突きつけられる。私だけがここまで来て、みんなどこかへいってしまった。彼ら彼女らには「よりよい人生」があったはずである。失敗と成功を繰り返しながら、順当に育ち、社会へ出て、苦労しながらも安定感のある生活を営めたはずなのである。しかし、現実はそうではなかった。何が「自己決定権」か。彼ら彼女らにはその「自己決定権」すらないのである。法律はそれ自体が善なのではない。人間は意志をもって、つまり「愛」をもって行為してはじめて意味をなすのだろう。学問は文字の羅列である。頭の中の観念である。どんなに考えても完璧な理論はない。そうであるから、ただ考えるだけではなく、現に行為することが社会の一員ということなのだろうか。
とはいえ、結局、私の心はボロボロのままであることには変わりない。あまりにも苛烈な人生であった。もはや笑うことしかできない。まさに心の「痛み」極めり、である。眩しい学部生らの姿。微笑ましい限りである。本来であれば、猛々しい嵐のような感情の流転がおこらず、正常な喜怒哀楽の変動が一般的なのだろう。終わりなき人生の旅路、短いに越したことはないのだろう。あまりにも、あまりにも疲れた。
夕日の淡い陽光が、雲より漏れ出す。生と死の狭間で。

感想1

経験談を読ませてもらいました。高校時代に『海と毒薬』を読んだのですが、残念ながら詳細を覚えているわけではなく、ただなにか身体がぐっと重たく沈むような感覚がありました。あなたは同級生の言葉や、遠藤周作の言葉、どこかへいってしまった人たちの記憶を正面から受け取り、あなたなりのやり方でそれを背負いながら生きているのだと感じました。それはあなたの中に、それらと響きあう感覚があったということなのかなと想像しています。あなたの経験談を受け取って、私なりに考えたことをつらつらと書いてみたいと思います。

「つまり「愛」をもって行為してはじめて意味をなす」という部分を読み、私はそうかもしれないと感じる部分もありつつ、そのように定義すると、なにが真実の愛でなにがそうではないかという終わりのない議論をし続けることになるようにも感じました。以前なにかでキリスト教の「愛」をもっと昔の日本では「ご大切」と訳していたと聞いたことがあり、妙に納得した覚えがあります。「愛」というと感情の一つだと思われやすいですが、「ご大切」は態度やありようについての言葉だと感じるからだと思います。感情は制御しようとすればするほど、手を離れていくもののように思います。私自身、気分障害と希死念慮の中で自分の感情の大きさに振り回されてきました。その中で制御より、感情や感覚をそのままに受け止めることのほうが、私たちを私たち自身に近づけてゆくように感じるようになりました。だから、愛という感情よりも「大切にする」あるいは「尊重」などの「態度」を大事にしたいです。態度とは行為そのものよりは心に近く、感情よりは技術的でだれにでも習得可能な要素を含むもののように思います。私たちの世の中には、自他を大切にすることや尊重という態度のための技術を学ぶ場所がとても少ないのではないかと私は感じています。その中で愛も誠意もさまざまな人の感情もたやすく歪んだり、こぼれたりしてゆくように感じます。

「順当に育ち、社会へ出て、苦労しながらも安定感のある生活」あるいはそれとは別の、充足したさまざまな人生の可能性をごっそりとなくしてしまっているのが、いまの社会の現状だと私も思います。たしかに憲法だけではあまりにもたりていないかもしれません。でも私が日々、人びとの権利や暮らしのあり方を考えて悩む時、憲法に立ち戻ると「すでに書いてあった」と道標のようにも感じることがあります。だから、「現実はそうではなかった」からこそ、理念としての言葉は私たちの共有財産として必要なものなのかなと思うこともあります。実際この社会では認識的不正義の状態はまだ途方もなく、誰もが安心して自分と他者にとって心地いい暮らしを営むための技術も方法論も概念もまだ不足しているように思います。この不足の状況はすぐに変わるわけではなく、現に今あるさまざまな苦しみに即座に対応できるわけでもなく、私の生きている間にすべて解決することもないと思います。でもたとえば、私は日本国籍を持ち女性でセクシュアルマイノリティなので、100年前であれば選挙権を持たなかったけれど今は持っていて、微力ではあっても働きかける権利を持つことができますし、100年後であれば女性と結婚することができるかもしれません。過去の歴史を見ることで、たしかに変化し続ける社会のありようを感じると、絶望の一方に少しだけは希望も持っていたいような気持ちにもなります。

「ゴミのような人生」とありましたが、あなたが感じてきたことや受け取ってきたこと、見てきた景色は私には「ゴミのよう」とはどうしても思えませんでした。もちろん、そこにたくさんの死や苦しさがあったことはたしかだと思います。だけど、それもふくめて、捨てていいものがあるようには思えず、またそれらのことを含めて書いてくれたこの経験談からは、あなた自身もそれらを捨てることなく大切に持ち続けてきたように感じました。
こうやって経験談を介して言葉を交わすことは、べつに「愛」ではないかもしれないけれど、なんらかの他者との共存のための態度であるように私は思っています。
「自然の奏でる協奏曲」の中にいられることはとてもすてきなことのようにも思いました。社会とは別の枠組みとして、私たちはこの世界に内包されていて、宇宙の片隅のちっぽけな地球のちっぽけな一時代のちっぽけな一人であって、その一人として生きていることの不思議さと途方もなさを感じることがあります。最近は暑いですが、今日は風が心地よく吹いていました。あなたはいま何を感じているのかまた聞いてみたいです。

感想2

自らを取り囲む他者や自分の内奥、過去、うんと遠くの景色や文字の中に向けられる柔らかな眼差しを感じました。あなたの流れるような語り方がそう思わせるのか、前置きされた「ゴミのような人生」の言葉が全く残らず、丹念に織り込まれたきれいな布を眺めているような気持ちで読んでいました。

いま私は学部4年生で、ぼちぼち卒論を書かねばなりません。現在進行形で学問に向き合っているという点で、何か共鳴するものがあるように感じました。私の同期たちは他に大切なものがあるらしく学問とのお付き合いはそこそこ、あんまり突き詰めた話をしてくれないので寂しく感じていたので、あなたが半生を踏まえながら学問との向き合い方・研究スタイルを教えてくれたことがとても嬉しかったです。
私の研究動機となっているのは今までに感じてきた激しい苦痛や怒りで、「傷」を研究という形で昇華させようとしているあなたとよく似ていると思いました。私もまたメンタルが悪く、作業がままならないことがあります。とにかく文章を読まなければ何も進んでいかないのに、頭が回らず目が滑って全然読めないときが一番困ってしまいます。また、なんとか大学には行けたものの既に標準的な人生のルートから度々逸脱していたり、マジョリティから外れた属性を持っていたりで、なんとなく自分の立場や意見に自信が持てず(そもそも、誰かに保証してもらうものではないのですが)、しばしば視点がブレブレになります。E.H.カー先生の「現在の眼を通してでなければ、私たちは過去を眺めることも出来ず、過去の理解に成功することも出来ない」など、歴史家諸先生の数々の金言をお守りにしたり、自分の大学の先生方に直接絡みにいったりして何とかやっています。先行研究を読んでいると、そっと励まされているような、静かに勇気が湧いてくる感じがあって、とても丈夫な支えになってくれているとよく感じます。先人たちは頼もしい広い背中ととても大きな肩を持っているので、遠慮なく背中をよじ登って肩に乗らせてもらっています。
学問をしていく中で、今までの喜怒哀楽や驚き、ときめきなど心が強く動いた瞬間が繋がっていったり、自分が歩いて来た道や目の前が鮮明になったりする感覚があります。物事を知ることを「明るくなる」と言い表すのは、こんな心象風景を多くの人たちが共通して感じているからなのかもしれないと思ったりします。
けれども、やっぱり前向きな気持ちになることばかりではありませんね。社会から消えることのない残酷さにしょっちゅう絶望しかけるし、机上で作業していることの無為さに打ちのめされることもあります。「ただ考えるだけではなく、現に行為することが社会の一員ということなのだろうか」、確かにそうかもしれません。けれど、私の身近にいる最高にかっこいい先生が「私の仕事は研究で、やっている社会貢献は研究」とおっしゃっていたのを思い出して、考えること、学問することも社会のなかで立派に行為していると言えるのではないかと考えました。その行為には、あなたの経験や今まで感じてきた苦痛や不条理に対する疑問や抵抗の気持ち、知への憧れと敬愛が込められているような気がします。

最近、苛々することがあります。どうしてみんな自分が感じてきた苦痛の淵源を探ろうとしないんだろう。そんな経験が無いのだろうか、感じたことが無いのだろうか。まさか、そんなはずはあるまい……。周りの人の感情の起伏の穏やかさや、体力の多さにびっくりしてばかりです。どうして私だけこんなに怒りっぽいし疲れやすいのだろうかと羞恥さえ芽生えます。けれど、「歴史とは解釈のこと」ゆえに、歴史学では自分の視点・立場が大事だと教わりました。法哲学のお作法は分からないのですが、自分の立場が大事なのは変わらないのかなと思います。散々苦しんできた私にしかできないことがあると思います。辛いことは辛いし、自己欺瞞かもしれないけれど、激情に駆り立てられ、険しい人生の道のりに疲弊している者にしか描けないものがあると当分は信じてみるつもりです。
あなたはいま何をしているのかなと思いました。私はこれが終わったら1世紀前の文芸誌を見にいきます。お互い、良い研究ができるといいですね。また考えたことがあったらぜひ語りにきてください。

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