経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
なんでこんな脆いんでしょうね。
うつ病にもなって。他の人とかは元気なのに
わたしがおかしいのでしょうね。
就活や大学卒業が遅れて、死ぬつもりで思い切ってヨーロッパへ。美や芸術に触れて感動しました。でも思えば、それに反応するということは脆いのだと今思います。
故郷を離れて入社し、元気よく、真面目に振る舞っても、ミス、ミス、ミスの連続、わからないところは聞いてと言われてもどこがわからないのがわからない。
社会人として振る舞うように、自分の言動や所作などが社会、会社専用に矯正されていく。
次第に誤魔化すことはできなくなる。
新人なのだから間違えて当たり前というがそのようには見えませんね。
ああ、なるほど。うつ病の人間が普通に生活するなんて無理な話であったのだ!
社会や会社というシステムにおいて、わたしはバグやノイズのような存在なのだ!
そうだ、無機物になろう。自我を殺せばこのシステムに対応できるかも!
個性や人間性を捨て、友人や知人との関係を断ち切れば、誰にも迷惑をかけずに孤独になり、まるで操り人形のように会社のシステムに順応できると考えました。
しかし、そうしても毎日、自分の考えは受け入れられず、社会人としてマナーや丁寧な言葉遣いを指摘されます。新卒らしくない、元気を出せと。
もちろん、普通の社会人なら誰でもそうでしょう。
わたしは適応できないようでした。
なぜ他の人は普通にできているのでしょう?
適応できない人間に生きている理由はあるのでしょうか?
耐えがたい苦痛から逃れたいわけではなく、普通に1ヶ月でこうならこの先も厳しいでしょう。
生きていたくないですね。
この世から消えたいですね。
社会人になる前に死んでおくべきでしたね。
ヨーロッパで幸せのまま死んでおくべきでしたね。
それかいっそ生まれてこなければよかったのに。
ふふふ。もういいですよ。
感想1
読ませていただきました。本来はあなたの良さとも言える個性や人間性が、社会の中でうまくいかないことで自分自身でも否定するしかなく、息ができないような毎日を過ごされている印象をうけました。社会に出てまだ間もない印象を受けましたが、新天地での暮らしも仕事も慣れない中で、心身ともに相当の負荷を感じていらっしゃると思います。新しい場所に立ってから慣れるまでの最初の3ヶ月、6ヶ月が本当にしんどいとわたしは思っているのですが、投稿から少し時間が経ち、今どのような気持ちでいらっしゃるでしょうか。
いつ頃からうつを抱えていらっしゃるのかは文章からはわかりませんでしたが、あなたの繊細さや感受性の高さと周囲環境の間に生じる障がいというものが比較的大きい状態があなたの周りには多かったのかなと想像しています。死ぬつもりで行かれたヨーロッパで感じた幸せは、あなたがあなたらしく好きだと思えるものを見つけたり、感動して心を動かすことができていたからなのではないかなとも思いました。
共感力が高かったり、想像力が豊かだったり、感動しやすい側面があなたにはあるのではないかなあと思うのですが、それは人としての「強み」でもあると思うわたしがいる一方で、疲れやすかったり、打たれ弱いという側面も確かにあって、それがあなたの表現する「脆さ」なのかなと考えています。
その脆さの中には「他者や他人の評価軸」が関係しているように思えました。周囲ができることをできていなければダメという考えがモヤモヤとあなたを包み込んでしまっているのかもしれません。どこかで、そうじゃないという気持ちもあなたの中に感じるのですが、今の環境の中では前者の考え方にどうしても圧倒、洗脳されてしまうようなそんな風なのかなと感じます。
少し話は変わりますが、アンリ・マティスという画家が好きでして。マティスはとても変な人だそうで、手に取ったものを置くこと一つにもとてつもないこだわりを持っていたようです。それを思い出すと、とても彼は今の社会に適応できなかっただろうなあ・・と思うのです(多くの芸術家がそうかもしれません)。だけれど、彼も失敗作ではもちろんなく、自分の心の動くもの、美しいと思うものを貫いた人だと思います(周囲を困らせながらかもしれませんが)。
他者の良いとするものや評価ではなく、自分が良いと思えることに目を向けてそれを大事にできる、そんな人になりたいなあと芸術に触れた時に、わたしはそんなことを思っているかもしれません。そんなことに思いを馳せていると、「ヨーロッパで幸せのまま死んでおけば」という気持ちに、わたしも賛同したくなりました。あなたが大事だと思うこと、あなたが感動できることに、あなたの豊かな心を使える世の中であってほしいなあ。
感想2
「社会人」ってなんなのだろうと、ぐねぐねと考えこみながらあなたの経験談を読みました。私たち人間という生き物は社会を構成し、社会の中で生きているのは確かで、赤ん坊のころから一生をかけて、社会に生まれながらに所属している存在だと思います。だれしもが「社会人」であるはずなのに、資本主義的な価値観に合わせて鋳型に人を押し込んでいき「社会人」を作る方法に私は違和感と懸念を持っています。「会社専用に矯正されていく」ことの恐怖や矯正されてもうまくはまれない苦痛や不安、そういうものをあなたの文章からは感じました。そして、その感性こそが真っ当だとは私は感じ、その心やありかたを否定され続ける状態はどれだけ苦しいものだろうということを考えています。
感受性のセンサーは本当に人によって異なることを感じます。私も芸術に心を動かされて生き延びてきたようなところがあり、自分の感受性に助けられた部分もあると思います。だけど、この社会は暴力的な刺激がたくさんあるから、それに麻痺していかない感情はとても疲弊してしまうのも事実だと思いました。
いわゆる会社的な組織から今少し距離を置いている私の感覚だと、だれかがバグやノイズであるはずがないと思います。むしろだれかの存在をバグやノイズとして扱ってしまう社会や会社のほうが、システムが未熟で不具合が多いということなのだと思います。パウロ・フレイレは人の主体性を奪い、上から価値観を押し付けていくようなありかたを「銀行型」といって批判しましたが、社会の中にいまだそういう暴力が溢れているのは残念ながら事実だと思います。人の暮らしのありかたはそれだけじゃないはずなのに……とくやしくなります。
私も一般的な会社に適応できず希死念慮を抱えながら生きてきたので、あなたの言葉の切実さが人ごとだとは思えませんでした。あなたが失敗作とはどうしても思えないし、そんなことを言ってくるものすべてに抗議をしたい気持ちでいます。経験談を読ませてくれてありがとうございました。
感想1
読ませていただきました。本来はあなたの良さとも言える個性や人間性が、社会の中でうまくいかないことで自分自身でも否定するしかなく、息ができないような毎日を過ごされている印象をうけました。社会に出てまだ間もない印象を受けましたが、新天地での暮らしも仕事も慣れない中で、心身ともに相当の負荷を感じていらっしゃると思います。新しい場所に立ってから慣れるまでの最初の3ヶ月、6ヶ月が本当にしんどいとわたしは思っているのですが、投稿から少し時間が経ち、今どのような気持ちでいらっしゃるでしょうか。
いつ頃からうつを抱えていらっしゃるのかは文章からはわかりませんでしたが、あなたの繊細さや感受性の高さと周囲環境の間に生じる障がいというものが比較的大きい状態があなたの周りには多かったのかなと想像しています。死ぬつもりで行かれたヨーロッパで感じた幸せは、あなたがあなたらしく好きだと思えるものを見つけたり、感動して心を動かすことができていたからなのではないかなとも思いました。
共感力が高かったり、想像力が豊かだったり、感動しやすい側面があなたにはあるのではないかなあと思うのですが、それは人としての「強み」でもあると思うわたしがいる一方で、疲れやすかったり、打たれ弱いという側面も確かにあって、それがあなたの表現する「脆さ」なのかなと考えています。
その脆さの中には「他者や他人の評価軸」が関係しているように思えました。周囲ができることをできていなければダメという考えがモヤモヤとあなたを包み込んでしまっているのかもしれません。どこかで、そうじゃないという気持ちもあなたの中に感じるのですが、今の環境の中では前者の考え方にどうしても圧倒、洗脳されてしまうようなそんな風なのかなと感じます。
少し話は変わりますが、アンリ・マティスという画家が好きでして。マティスはとても変な人だそうで、手に取ったものを置くこと一つにもとてつもないこだわりを持っていたようです。それを思い出すと、とても彼は今の社会に適応できなかっただろうなあ・・と思うのです(多くの芸術家がそうかもしれません)。だけれど、彼も失敗作ではもちろんなく、自分の心の動くもの、美しいと思うものを貫いた人だと思います(周囲を困らせながらかもしれませんが)。
他者の良いとするものや評価ではなく、自分が良いと思えることに目を向けてそれを大事にできる、そんな人になりたいなあと芸術に触れた時に、わたしはそんなことを思っているかもしれません。そんなことに思いを馳せていると、「ヨーロッパで幸せのまま死んでおけば」という気持ちに、わたしも賛同したくなりました。あなたが大事だと思うこと、あなたが感動できることに、あなたの豊かな心を使える世の中であってほしいなあ。