経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

中学受験の失敗

今思えば私が完全に壊れたのは中学受験の失敗だったと思います。志望校には全て落ち、前受験していた都外の学校に、片道1時間30かけて通っています。
合格と不合格、たった一文字の違いで180度みる世界が変わってしまうことを、小学生の私は考えもしませんでした。
中学に入学し楽しければよかったものの、入った部活では顧問の暴言、同級生の悪口に悩まされ、毎日電車や最寄りで泣いていました。朝、しにたいとか、きえたいとか検索してしまう自分もばかみたいでした。
退部したものの、そのとき心についた傷は消えません。ただでさえ受験の失敗でセンチメンタルになっていたので、あの時のメンタルは本当にボロボロでした。
2年生になりましたが、ずっと希死念慮と戦う毎日です。友達もいるし、好きな人もいる。金銭面で困ったこともない。欲しい服も買ってもらえる。周りから見たら恵まれているはずなのに、なんでこんなにくるしいのかな。
マイペースとか、めんどくさがりとか、変なラベルを貼らないで。決めつけないで。
中学受験のことも、部活のことも、もういいでしょとか、なんもわかってないくせに言うな。無責任な優しさを押しつけるのも、本当にやめてほしい。
私はどこで間違えたのかな、合格してればよかった?もっと勉強してればよかった?
つらい今より楽しかった過去が邪魔をする。
クラス替えで仲良い子と離れちゃったし、ぼっちになりそうだし、もうこの苦しい気持ちもなくならないし。なんで私はもっと器用に生きられないんだろ、しにたいと思うこともなく生きていたかった。社会のレールから外れるのを恐れている私は臆病だ。部活して、恋愛して、彼氏作って、学校帰りにカフェで友達と勉強とかして。そんな生活ができればよかった。学歴とか偏差値とか気にせず中学受験もしないでただ毎日笑っていたかった。
このまま消えちゃいたいな、みんなごめんね

感想1

惜しくも希望の進路を歩むことができなかったけれど、切り替えて生活を楽しもうという気持ちが最初のうちはあったのかなと思っています。けれど、部活がとても辛い環境で、あなたの前向きな気持ちが打ち砕かれてしまったんだろうなと思いました。日常的に暴言を耳にする場に身を置かねばならないというストレスは、ただでさえ強烈なものだろうに、受験の失敗で盤石でないあなたのメンタルには相当堪えただろうことは容易にイメージできました。退部してその環境から脱出できたことには少し安堵したのですが、あなたにとっては、思い描いていた学校生活像から遠のいてしまったことを自覚してしまう出来事だったのかなと思ったりもしました。
現状が理想とかけ離れていくほど、現状より過去が輝かしいものと感じられるほど、「あのときああしていれば」という後悔に苛まれてしまうものなのかなと思います。私もずっと後悔しています。その後悔の感情は、今感じることのできる楽しさや嬉しさを覆ってしまう分厚い霧のようなもののように私には感じられます。今まさに自分に付き纏っている後悔を「もういいでしょ」なんて、ちょっと無理がありますよね。あなたが周りの言葉を無責任だと思ってしまうのも無理ないと思いました。

ところで、経験談を読んでいると都市部、特に東京圏の受験競争・偏差値至上主義は本当に物凄いと思うときがあります。私は今まで偏差値など気にしたことが無く、すべての学力試験を素通りして大学まで来た人間なので、まるで異世界のように感じます。学歴至上主義の強くない田舎の生まれだからということと、常にメンタルが悪すぎて進学に際して偏差値なんか気にしていられなかったという事情があるのですが、学校の偏差値に一喜一憂する人々がまさか本当に存在するとは思わず、カルチャーショックを受けました。中学受験はしていないし(そもそも受験するという発想すらない)、高校は通信制だし、いま通っている自分の大学の偏差値すら知りません。そもそも偏差値自体がどういう仕組みで算出されていて、どんな意味を持っているのかあまり理解していません。
本当に大切なのは学校の名前や数字ではなく、本人がその環境を自分の意思で選べたか、そして実際にその環境に満足しているかどうかだと思います。文章から察するに、あなたはあなたの意思というよりかは、周囲の影響で受験に取り組んだ側面が強いのではないかという気がしていました。進路を自分で決められない、学歴や偏差値を気にせざるを得ず、受験に失敗したことが「間違い」「レールから外れた」と思わされるような環境だったら、自分自身の気持ちや意思が二の次になって苦しい思いをしてしまうだろうと想像します。そして、そんな思いをしている人たちがたくさんいるだろうことが、とても悲しいし、どこか寂しい気持ちになってしまいます。

いま、あなたの心を占領しているであろう「失敗した」という気持ちが「今の環境でも意外と大丈夫だった」という時々の思いで、少しずつでも塗り替えられたら良いのかなと思います。霧が薄まったり、晴れたりするときがあって、友達との交流や生活の中での楽しみがあなたの気持ちの奥底まで差し込む瞬間ができるだけ多くありますようにと思いました。

感想2

片道1時間半の通学ってそれだけでかなり大変ですよね。1日8時間睡眠だとして、残りの時間は16時間、そのうちの平日3時間が移動で体力と時間を奪われることはハードだし、家で落ち着いて過ごす時間はとても短そう。その上部活で暴言や悪口を浴びていたら、追い詰められてしまうのも自然だと感じました。
私も死にたいと思いつつ生きてたからか「もし違っていたら」と考えることがあります。あなたの場合は「違う学校に行っていたら」というif世界が比較的思い描きやすい世界だったのかなと想像していました。if世界を体験してみることはできないから、実際のところはわからないけれど、そうやって夢想しないとやっていられないくらい、今なんだかすごくしんどいってことをあなたの文章からは感じました。
私自身も東京で生まれ育ち、受験などを経て大人になったのですが、別の地域に住んでみると、東京の受験状況は全国で見てもかなり異様なのだと知りました。あなたもその最前線ですり減りつつ頑張って生きてきたのかなと思います。調べてみたら、東京には中学が公立私立など含め800校もあるそうですが、選択肢はたくさんあっても、リアルにイメージできるわけでないまま選択をせまられ続けるのは疲れることだと感じます。

恐れていると書いてあった「社会のレール」とそこから「外れる」とはあなたにとってどんなイメージのことなのか気になっています。ちなみに私は多分その「社会のレール」からは外れまくった人生を送っている気がしてなりません。いろんな仕事を転々としてたり、NPOで働いたり、私自身も10代の時には想像していなかった生活です。子どもの頃、周りの大人はだいたい会社で働いているとかで、大人の人生のバリエーションを全然知らなかった中では将来をうまくイメージできないのも当然だった気もします。もしかしたら、あなたの場合は親から「こうなってほしい」という期待があり、それがあなたの「社会のレール」のイメージを作っている部分もあるのかなとも思いました。

「マイペースとか、めんどくさがり」は身近な誰かに言われてきた言葉なのでしょうか。あなたからしたら一生懸命過ごしていることを気持ちの問題、性格の問題みたいにされたらつらいなぁと思います。ただ、マイペースって悪い言葉のように言われるけど、本当は自分のペースで過ごす力は大事だとも思いますし、むしろ現状あなたがマイペースに過ごして息を抜ける場所がたりないのではないかとも思いました。学校を休んでもいいし、さぼってもいいと私は思います。あなたが安全に呼吸しやすい場所が、学校でも自分の家のどこかでもそれ以外でも、見つかっていったらいいなと思っています。それが十分以上ってくらい見つかるまで、よかったら、またここにきてもらえたらと思います。

お返事

まずは感想を書いて頂き、ありがとうございます。
こんなに誰かに自分と向き合ってもらったのは初めてで、私がこれまで感じていたこと、考えていたことがほんとうに全部文になっていて、驚き、何回も読み返しました。

私はずっと、なぜ中学受験するのか、なぜ勉強するのか、わかりませんでした。今でもよくわかりません。
私は別に入りたい学校があった訳でも、やりたい仕事があるわけでもなかった。
両親は口では、「将来の選択肢を広げるため」「いい環境にいくため」と言いますが、それは逆に私の選択肢を狭めているように感じてなりませんでした。

確かに、偏差値の高い大学に入って、得することの方が多いのかもしれません。

そもそも「いい大学」とか、「いい会社」とか、そんなものは、ただみんなが勝手にそう思いこんでいるだけで、人によって違うものなのだと思います。

親から敷かれたレールを走ってきて、
親からも「感謝した方がいいよ」とか、「どこどこ行っても話合わないと思うよ」と言われ続けてきました。ゲームも、YouTubeも見させてもらえず、好きなことは読書でした。

そのせいで、偏差値だけが大事だと思い込むようになり、最終的な進学先も偏差値で決めました。

東京に生まれなかったら、とよく思います。
エリート人生を歩みたいわけじゃなくて、ただ幸せに生きていたかった。純粋に中高生生活を楽しみたかった。

受験をするべきだったのか、しないべきだったのかはわかりません。

自分の意思ではなかったし、小学校も8~9割の子が受験していたので、それが普通だった。

でも、小学校は楽しいこともたくさんあったし、あったし、この小学校に通えてよかった、とおもっています。

両親はきっと私の気持ちを理解してくれないし、
今死にたいと思っていることも、中学受験の結果や、部活での出来事を引きずっていることもわかってくれない。

家も学校も好きじゃなくて、居場所を見つけられないし、正直もうぜんぶリセットしちゃいたいなと思うし、今悩んで、傷ついたこの気持ちが、なくなることはないんだろうとも思う。

まだ、前向きにはなれないし、希死念慮もなくならないけれど、いつかこの気持ちが薄くなっていって、自分の人生を生きられるようになったらいいなと思いました。

拙い文にはなりますが、改めて、今回はほんとうにありがとうございました。

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