経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

助けてもらう勇気と友人

皆さんの中には”誰かに相談する”ことや”頼る”ということを怖く思う方もいらっしゃると思います。そんな相談をするのが怖い、申し訳ない、と1人で考えてしまう方に是非見て頂きたいです。

私も昔はそうでした。

私は大学を卒業して就職してから、とある夢を諦めないために色んな職場を転々としてきました、今もそうです。
その中で様々な職場で暴言を吐かれたり、差別を受けたり、内容までは言えませんが泣きながら帰った日や夜帰宅後に途方に暮れて海にドライブに行くなどもしばしば。そんな精神状態でも今こうして生活をギリギリでも出来ているのは”友達”の存在です。
1社目を辞めた時、私は仲の良い友達にそのことを隠そうとしていました、そしていつも通り友達とメッセージをしていると「なんかさ、あった?」と言われたんです。別に会社の話題なんて1個も出していません。でも何故か言われたんです。「え?なにも?」そう応えました、辛いのなんて分かってましたが心配かけさせたくなかったんです。
そして私はこのやり取りの翌日、会社を突如辞めることになり、ストレスで倒れて同僚の大人の方に家まで送って頂きました。
流石に無理をした私は友達に「なんか倒れちゃった疲れて」と送ったんです。すると「何言ってんの?どういうこと?」そしてその友達から物凄く怒られたあと言われました「そんなにまで体ボロボロにして、もっと自分のこと大事にしよ?1人じゃないんだから」そう言われて私は1人で号泣してしまいその日の夜ずっと嬉しい気持ちと今後の不安な気持ちが混じり合う中就寝しました。
別の日にも別の友達にカフェに行こうと言って最初は近況を楽しく話す予定だったのですが、たまたま話してしまった会社の悩みを聞いてくれました。その時も言われたんです「みんな結局愚痴なんてあるんだから、この場くらい話していいじゃん」そんなこと言われるとも思わなくて、その場では泣きませんでしたが、私はこんなにいい友達を持ててとても幸せでした。
ここだけ聞くとただの友達自慢じゃないかと思うかもしれません、でも伝えたいところはそこではありません。
もし皆さんが「相談することは相手にとって不利益や迷惑になるものである」と考えているのであれば、確かに暗い話はみんなあまり好きではないはずです、でも友達同士だとまた話は違ってくるんです。「友達に隠し事をして、いつの間にか滲み出る言動や態度の理由が分からない」この状況の方がみんなモヤモヤしてしまうんだということに気付きました。
ですので、友達に愚痴りまくりましょう!!とは言えないかもしれませんが、せめて一言でも「ちょっと会社大変なんだよね」「学校で友達と上手くいってないんだよね」くらいの話初めから、お友達と会話出来ると、全てか解決するわけではないかもしれませんが、きっとその時、その1時間だけでも心のモヤが薄くなるのかなと思います。
とてもそれっぽい話をしている私ですが、現在も自身のキャリアにずっと悩んでいます、でも今回の話のように皆さんの周りのお友達と一緒に上手に過ごすことで、なんだかんだ今日という一日を過ごせています、もちろん友達から相談が来た時は喜んで聞いています。
皆さんもぜひ、”お友達との対話”を大切にしてみてください。
話さないことが悪というわけでは全くありません、ただお互いに霧がかかって見えない道を進むのは怖いものです。
“頼る”と言われると難しいかもしれませんが、お友達のためにも”対話をしてみよう”と考えてみてください、自身への見方も色々変わるかもしれませんよ。
以上が私の経験談とすすめでした。最後まで読んで頂きありがとうございます。
そして私も、辛いことは多いですし色んなことを言える立場の者ではありませんが、日々着実に前に進めるように頑張りたいと思います。

感想1

ストレスで倒れるまで自分の辛さを誰かに伝えることに抵抗があったあなたが、友人に送ったメールをきっかけに共感されたり励まされたり誰かが自分を支えようとしてくれる、形の見えない信頼というものがあなたの中でじわじわと浸透していった、そんなイメージを持ちました。そして「友達から相談が来た時は喜んで聞いています」という言葉から、誰かと誰かの関係の間にはお互い様が存在する、そんな言葉も思い浮かべました。

「相談することは相手にとって不利益や迷惑になるものである」この一文にハッとし、無意識に多くの人が持っている人間関係における暗黙の了解になっているのかもしれないと改めて感じさせられました。受けてきた教育や社会の中では自己責任や迷惑をかけるなという言葉が溢れ、それらの言葉を主語にして自分の言動をストップさせるそんな習慣を身につけさせられてきたのかもしれません。

『助けてもらう勇気と友人』という言葉は、自分の体験を整理しあの時ふりしぼった勇気を忘れないぞと言う、自分自身へのメッセージのようにも聞こえました。バンジージャンプを飛ぶほどの勇気を使わなくても、誰かと信頼し合うことを試してみる、そんなことが気軽に練習できる学校の授業があったらいいなと思ったりしました。投稿いただきありがとうございました。

感想2

「相談することが怖い」と思っていたあなただからこそ、人に話して気持ちが軽くなる経験ということの大切さを実感されたのだなあとひしひしと感じています。それって本当に大切な経験ですし、多くの人が人に話すことや相談することを敬遠する世の中だと思いますから、多くの人に「人に話して軽くなる」ことを経験して欲しいなあという気持ちがわたしもあります。

しかしながらこうして匿名の人の悩みや経験談を読ませていただく機会に触れながら、ふたつのことも思いました。一つは「なぜ人に助けを求めにくい世の中なのか?」そしてもうひとつは「身近な人たちにだからこそ言えない悩みもある」ということです。

あなた自身「”誰かに相談する”ことや”頼る”ということが怖い」という感覚をお持ちの方だったからこそ聞いてみたいのですが「なぜ怖い、申し訳ないと思ってしまう」のかということを、さまざまな側面から解き明かしてみたいなあと思いました。「人に迷惑をかけてはいけない」という価値観がどことなく日本においては蔓延しているようにも感じるのですが、「迷惑をかけるのが礼儀」ぐらいの価値観がみんなにあればもっと相談しやすい環境になるのでしょうか。

悩みを抱える人の中で「相談してもうまくいかない」「相談したらかえって傷ついた」というお話はとても多くあります。相談を受ける側に余裕がない、みんなそれぞれでいっぱいいっぱいという社会的な余裕のなさも関係していたり、悩みを抱える人の話の聞き方というのもまだまだ専門家の一部の人しか知らないということもあるかもしれません。

例えば身近な人から「死にたい気持ち」を打ち明けられた時にどう言葉をかけるのが良いのかというのは普通に生活していたら、咄嗟に受け止めるにはとても難しいことだと思います。悩みを相談する勇気と、相談を受けた時の在り方というのも、みんなが相談しやすい世の中にしていくのにとても大切なことなのかもしれないなあとそんなことを考えています。

そして「身近な人たちにだからこそ言えない悩みもある」ということも匿名の相談の中ではよく直面します。自分の想像を絶する過去や悩みを持っている人、今もその環境にいる人、話せないのにも色々な理由と事情があることもあるかもしれません。

「話してもいいし、話さなくてもいい」そのことを前提にあなたの友人のように、いつものあの子の様子と違うことが気になったら声をかけながら、お友達と対話する時間も、何を話さなくても一緒にいる時間も大切にしていたいなあと、あなたの文章をきっかけにそんなことを考えさせていただきました。

お返事

皆様感想ありがとうございます。
今回の根底として「相談することが迷惑なのではないか」という感情に関しては、各々の幼少期の家庭状況や友達関係にも多く関わっているのかなと考えています。
例えばですが、家族に相談したところ怒られたという経験や、落ち込んだり、悩んだりすることが”マイナスなことである”ということが感覚としてあるのではないかと思います。
その感覚がある中で、自身の友人に相談などをしたら”あの時みたいに怒られたり嫌われたりしてしまうのではないか”という不安や、大切な人だからこそ、この”暗い話”の感覚をその人に持たせたくない、申し訳ない。
という感覚があるのではないかと思います。
この感覚はなかなか変えたりという所は難しいかと思いますが、大前提として”相談は悪いことでは無い”ということは胸に秘めておくと、いつの日か困った時に、気持ちが少しでも楽になるかもしれませんね。

一覧へ戻る