色々あるんですけど僕の事を簡単に話します。
僕は三人兄弟のいちばん末っ子として産まれました、最初の方は記憶ないけど楽しかったと思います。
でもだんだんと親は僕のことを嫌い始めました。逆上がりが出来なかったり、みんなが出来てることが出来なかったりすると「恥ずかしい」とか成績悪かったら怒鳴られたり殴るようなジェスチャーをしてきたり、履いているスリッパをこっちに飛ばしてきたり、レストランにいる時でも反対に座ってる自分のスネを革靴で強く蹴ってきたりしました。その日は歩く度に痛みましたね。他の兄弟からも「キモイ」とか言われたり蹴られたりしました。その時の親や兄弟の顔がトラウマになって自分は小4から高校生の時まで人の顔を見るのが怖くなってしまいました。そのせいで学校でも孤立し嫌われ者になってしまいました。僕はみんなと協力する野球やサッカーなどの競技が苦手で上手くできなかったらみんなからキツイ批判を受けます、クラスで人気の人はそんなことされないで笑って誤魔化せるのが羨ましかったです。そんな感じで家で孤立したり、学校も孤立したりしてどんどん精神が蝕まれて行って一時期は誰とも目を合わせないし話さないしずっと下向いて過ごすことが増えました、そんな生活してると段々変になっていき授業は耳に入らないし人の会話も聞こえてるのに理解できなくて変な行動になったり爪噛んだり眉毛とまつ毛を無意識に抜いたり色々大変な思いをしました。
前に戻ると、親は他の兄弟にはそんな事しないし、生活面でも別にご飯とかは用意してくれるし学費などは苦労しませんでした。
ただ僕だけ少し違うんですよね、何がダメなんだろうってずっと考えてたんですけど分かんなくて本当は誰かに助けを求めたかったんですけど信頼できるような人も居ないし話す力もないしで割と詰み状況で一人でただ時が過ぎてくのを待ってました。
そしてなんだかんだ今自分は一人暮らしをしています、一人暮らしをするのも苦労しました本当は寮とかに入る予定だったんですけど自分がしたくなくて初めて親に反発したんです(LINE)でその日はもう怖くて怖くて殺されるんじゃないかと本気で思うくらいで家に帰りたくありませんでした。でも大丈夫で一人暮らしをすることができました。オシャレとかバイトもしたいけど人の目が怖いし外出るのが恥ずかしいっていう気持ちも沢山あって本当は精神科行った方がいいんだろうけど診断されなかったらどうしようとかもうずっと昔のことだしなとか考えて行けてないです。
本当は誰かに同情されて病気だよとか言われて診断されて病名で自分をラベリングされたいなと思ってます。そうしないと自分の過去を忘れちゃうのかな、とか、本当は嘘なのかもしれないと思うようになってしまう気がするからです。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
ラベリング
感想2
私もラベルを欲していた気持ちがあった気がして、そのことを思い出しながら読み、あなたがどれだけ辛さの中で自問自答してきたのだろうということを感じていました。とても苦しいのに、その理由や証拠を証明しきれないと、なかったことにされてしまう。それがまた苦しみとして刻まれていく。自分でも苦しいなんて嘘なんじゃないかと疑ってしまう。また苦しみが深まる……。そういう終わらないループみたいなものが、世の中にはかなりある気がします。そこから抜けるために、ラベリングもひとつの方法としてあるのかも。でもきっと本当は他にもさまざまな方法があっていいように思います。
学校でのできる・できないってすごく局所的な能力の話だなぁと、実は最近私は思います。だけど学校も親もそれがすべてみたいに、できるのが標準でいいことって感覚が強いことが多い気がします。そして私も逆上がりできない、成績がよくないことで、なんで自分はできないんだろうと責める気持ちがずっとありました。
「本当は誰かに助けを求めたかった」って、自覚すること自体が案外むずかしい気がします。あなたはあなたのしんどさを知っていて、実行できなくても、助けを求める気持ちがあったことはすごく大事な気がしました。
私は精神科医でもないし、あなたにラベルをつけることはできないけれど、あなたが苦しんできた仲間だということは強く感じました。私自身も精神的にしんどいことがたくさんあって、精神科に通いながら生活しています。(ちょうど明日診察に行ってくる予定です。)ラベルがあってもなくても、精神科に行って困っていることを伝えていいと私は思います。診察の場って結構緊張して言いたいことを言えなかったりするから、この経験談を持っていくのでもいいかも?と思ったりもしました。
この経験談では、あなたの気持ちや葛藤を率直に言葉にしている感じがします。すべてではなくても、言葉にしてみることには意味があるように私は感じます。一人暮らしはあなたが主張をして獲得したものなのかなと思いました。一人暮らしで、家族と物理的に距離が生まれたからこそ、言葉になることもあるのかも?と想像しました。でも、言葉になっていることもなっていないことも、ラベルのあることもないことも、けっして嘘にはならないから大丈夫だよと、伝えたい気持ちにもなりました。あなたにとって息のしやすい場所や、関わり、過ごし方がこれからあなたの周りに増えてゆくといいなと思います。
感想1
経験談をありがとうございます。
まず率直に思うのは、誰にも相談できず、長年の辛い想いや出来事を一人で抱えてきた貴方が、初めて反発した時には想像を絶する恐怖に耐え、自分だけの空間というものを手にして今、物理的距離を置けていると聞いて、安堵したということです。
兄弟と一人違う扱い、人の顔をみるのが怖くなるほど自分だけが何故か嫌われているという、安心や安全を感じられない環境で何年も過ごしてきたんだとしたら、他人である誰かを信頼して、自分から助けを求めることなんて到底できないと、私は思いました。
助けを求める事ができない、できなかったのは、あなた個人のスキルや意思の問題ではなく、周りの環境や社会が孤立させたことも大きな要素だったと思います。「誰にも言えなかった」と感じてきた時間の長さを思うと、こうしてここに経験談を書いてくれたことに、たくさん迷いや怖さがあったのではないかと想像します。
人は必ず大なり小なり得意不得意はあるし、必ず苦手な事はあるし、それに隠れてしまうかもしれないけれど、間違いなく自分なりにでも、出来ることはあるはずだよな…と私は思っていて。家でも学校でも「みんなが出来ていることができない」、そんな時にはより強く批判されることがあったのだとしたら、できない部分「だけ」を評価され続けている感覚に、何故できないのかと苦しみ、どうしたらといいのかと頭の中がそれだけに支配されて、日常生活にも支障がでて当たり前なのではないかととても苦しくなりました。
私自身も苦しすぎてか、記憶がない時期があります。どう乗り越えたのか、今でもイマイチわかりませんが、あなたの「過去がなかったことになる、本当は嘘なのかもしれない」、題名にもある「ラベリング」という言葉が私には「あんなに辛いなかを乗り越えてきた自分をなかったことにしないで欲しい」「自分の苦しさを本当にあったものとして認めてほしい」という意味に私は聞こえました。(あくまで私があなたの言葉に気持ちが動き、自分がこう思ってるのかもしれないと感じました)
まとまらない感想になってしまいましたが、どうか、今思い描くおしゃれをしたい、外に出たいそんな日々の日常が少しでも叶えばと陰ながら願ってしまいます。投稿ありがとうございました。