経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自死遺族

半年前に大学生の息子を亡くしました。
自慢の息子で私にはもったいないくらいの子供でした。生きがいだった息子を失い、これまで経験した事のないような絶望感の中で過ごしています。時々連絡は取っていましたが一人暮らしで自分から話をする方でもないためこれほどの悩みだと知らずにいました。いろいろ考える中で、無神経な自分の言動が彼を傷つけてしまったのではないかと自責の念で苦しさが増してきています。気持ちを理解してあげられなかった自分が情けなく、今は彼の写真を見る事すら辛くて避けてしまっている自分がいます。家族もおりますので仕事はなんとかしていますが、自責の念が強く押し潰されてしまいそうな毎日です。

分かち合いは参加したことはありますが気持ちが軽くなる事もありますが、逆に重く感じる事もあります。自分自身の気持ちが混乱しているのかもしれません。

感想1

重くて苦しい感情が、あなたの胸の裡に激しく渦巻いているイメージが浮かんでいます。大きすぎる喪失感や自責の念を背負いながら、家族の存在を思うことや仕事をこなすことで、膝を震わせながらも何とか立っているような状態を想像しました。
半年という月日の経過は、あなたにとってどのように感じられたのでしょうか。まだ半年、あるいはやっと半年なのか。辛すぎる出来事が起きた直後より、ある程度時間が経ってからの方が感情や記憶が少しずつ、時には一気に溢れ出したりするものではないかと思います。その出てきた思いを認識して整理するのも一苦労だし、それをまた言葉として表現できるようになるのにも、相当に時間や負担がかかるものと感じています。毎日押し迫ってくるかのような自分の気持ちに対処することでいっぱいのところに、他の人の語りが入ってくると、時には混乱してしまうことがあっても無理もないと考えました。
本当に本当に大事な存在がある日この世界からいなくなってしまったという絶望感、遣りどころのない悲嘆の感情、親子という関係性も大きな責任感となり、あなたを責め立てているのを想像します。「ご自愛ください」と心の底から思っているのですが、あなたの心には想像を絶するほどの自責感が押し寄せているだろうことを考えると、これはあまりに軽くて不適切な言葉のように思います。
大切な人をなくしてしまう経験は、一人で向き合って抱え込むにはあまりにも大きくて重い出来事だと感じます。気持ちは無いものにはできないし、溢れ出す感情を押し留めておくと破裂してしまうけれど、かといって悲しみの大波があなたを流してしまわないように、分かち合いやこの場などで、ぜひ言葉にして吐き出してほしいと思っています。

感想2

息子さんを亡くされたことに対し、お悔やみ申し上げます。生きがいだった息子さんを失った絶望感は計り知れません…。どんな背景で息子さんがこの世を去ったのか、その事情とあなたとのやりとりの因果関係の有無はわからないですが、それも含めて、「当人が悩んでいることに気づけなかった」と思うことが、遺された側には物凄く苦しいことなのではないかと思います。ぐるぐると考えている間に、写真を見る事すら辛くなってしまうというのは、無理のないことだと思いますし、ここに書き出してくれるまでにも、とてつもない気力が必要だったのではと想像します。混乱したままでも、あなたのペースを大事にすることが出来たら…と思います。

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