死んだらどうなるのか。
天国か、あの世か、輪廻転生か。
自分はどれでもないと思ってる。消えるだけ。意識も記憶も存在も。真っ暗闇な世界さえない。
でもそれでいい。もうどうでもいい。
損傷の激しい状態で見つかろうが、骨で見つかろうが何でもいい。
自分は12歳でうつ病を診断され、その後回復はしないまま気分変調症として人生を歩んできました。死はいつでも身近にあって、生きる意味がないとうっかり死んでしまいそうな人生でした。
生きる意味は時に研究開発をするためのキャリア構築、恋人、単に推しに課金する為に稼ぐこと。
キャリアのためには何でもやった。病気と戦って健康な精神状態を維持するために週7でジムに通った。得意不得意を徹底的に自己分析して自分に合ったキャリアパスを選び続けてきた。女は知能が劣っているだのと平気で宣う野郎も少なくなくて呆れたが、自分自身の中で起こる鬱症状に比べれば何の地獄でもなかった。ただ自分は第一線で活躍できるほどの素質がなかった。何徹もできる精神力もなかったし、天才でもなかったし、女性研究者として持ち上げられて平気でいられる度胸もなかった。
恋人は何年も深く愛した人がいた。彼のためなら何でも捧げられると思った。でも私が精神病だという理由で破局してしまった。
独りになったってよかった。平凡に金を稼ぐ生活だってよかった。動画サイトで素晴らしいコンテンツに出会って熱中した。でも死に傾いている今、何もかもどうでも良くなってる。
何をみても感動しないし、ただ虚しいだけ。
多分この感情は誰にも相談しない。
いくときはそっと静かにいくだろう。
今まで何度も近寄ってきた死に何度だって抗ってきたけど、寄せ付けない工夫もしてきたけど、もうそろそろどうでもよくなってる。
死が怖いとかもあまりない。
勿体ないとか、そういう意識も薄れつつある。
執着がないんだ。
もうどうでもよくなってる。
感想1
生きたい・死にたくない・死んではいけないと思う気持ちと、生きたくない・死にたい・死んでもいいと思う気持ちに対しては、波打ち際の海藻や流木のようなイメージがあります。寄せては返す波、方向定まらず漂う間に、少しずつ動いているあの感じが、生死それぞれに傾くときの感覚に、しっくりときます。あなたが繰り返した「どうでもいい」と、波打ち際を漂うイメージを重ね、静かな波をかぶりながら流れていく様を想像しながら、あなたの文章を読み返しました。
私は学生時代にメンタル不調に陥って以来、精神との闘いに負けてしまうことが多くなってしまったので、そんな中であなたが週7でジムに通ったり、徹底的に自分と向き合ったり、周りの声に晒されてきたことは、並大抵のことではないと感じてしまいました。ただそれは、うっかり死んでしまわないように、文字通り必死に生きる意味を見つけ、死を遠ざけるための注力だったと思うと、あなたの行動に対して「凄いですね」「尊敬します」とは言ってはいけないような気がしました。それでもやっぱり、「第一線で活躍できるほどの素質がなかった」と思えるところまで、努力を続けてきたのは、あなたの力以外の何物でもないと感じます。
死んだらどうなってしまうのでしょうね。天国や地獄があったり、何かに生まれ変われたり、肉体の重苦しさから解放されたり、何もなくただそこで終わりであったり…。私は、答えがない世界については、どうなって欲しいかで、その時信じたいものを信じています。私は死んだあと自分がどうなるかよりも、自分の肉体が終わるとき、世界が同時に消えてしまうのかどうか、の方が気になってしまうかもしれないです。