私の母は毒親でした。
父は放任主義で「子供は母親が育てる」な、人でした。
私には兄がいて小さい時からずっと比べられて来ました。
母が放った言葉で私の人生は狂いました
「あんたなんか産みたくなかった。父親が2人欲しいと言ったから産んだだけ。」
言われた時は当日小学6年でした。
今でもこの言葉を思い出すと心が締め付けられる気分になります。
私は中学2年から殆ど不登校になりました。
高校は中学校の日々が悔しくて皆勤しました。
小学校から専門学校を卒業するまでずっといじめられました。男女両方からです。
いじめられすぎて麻痺してしまって
学校生活は高校からはあまり苦では無かったです。
「死ね、ブス、キモイ」
ありふれた慣れてしまった言葉ばかりでした。
むしろ、家庭環境の方が最悪でした。
両親は出来る兄を褒めたたえて
母は連日連夜、私に暴言を吐きました。
兄も加わり2対1で罵られる日々もありました。
時たま母、兄から殴られました。
兄はお小遣いを貰っていましたが
私は貰っていなかったので
高校からバイトを始めました。
10時になり帰ると私の分の夜ご飯はなく
たまに残飯のような余り物がポツンとあったり
冷ご飯だけあったりそんな高校時代でした。
冷ご飯を食べる時はいつも塩をかけて食べていました。
結婚した今でもそれをしますがそれをすると旦那は少し嫌そうな顔をします。
慣れてしまってそれが美味しいと今でも感じてしまっています。
自殺未遂は2回しました。
死ねなかったので今もこうして生きていますが
今は死ななくて良かった。と思えるくらいには幸せです。
昔、勇気を出して母に「精神病院」に行きたい。と話した事がありました。
母には強い言葉で否定されました。
大人になってから精神病院に通っていた時期があります。
「早く通っていたら今もこんな呪縛に苦しまなくて済んでいたんじゃないのか」
なんて、思っていたりもします。
大人になってからは実家は出禁になって鍵も替えられてしまいました。
一人暮らしは大変でしたが
むしろ、親から逃れられて楽しい日々でした。
学生時代の失敗や経験などから
私はアダルトチルドレンになってしまい
自己肯定感が低く、褒められないと不安になって吐きそうになります。
結婚後から仕事は上司からのパワハラなどにより帰宅後の反省会を永遠に脳内で繰り返してしまい死にたくなるのでフルタイムでは働けなくなってしまいました。
昔の母からの呪縛からずっと逃れられないのに
今の母は丸くなって昔からとても仲が良いように連絡をして来て出かけに誘って来ます。
当時の自分がした事は忘れてしまったのかもしれません。
大人になると麻痺してしまって
学生の頃に病んでいた自分が馬鹿らしくなります。
そんな事で自殺未遂を2回もした私にもびっくりします。
でも、当時はそうするしか無かったくらい苦しかったんだろうになんて思います。
今辛いことはいつかきっと辛くなくなる時が来るんだろうと思います。
幸運も不幸も波みたいに現れるんだと思います。
今の自分よりもう少し幸せになれるのかチャレンジしてみようかと私は思っています。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
毒親と小学校から専門学校卒業までいじめられた私の話
感想2
投稿ありがとうございます。あなたがこれまでの自分を見つめながら、自分なりの生活を見つけてきたことを感じました。
父親さんは放任主義というと聞こえはいいけれど、親としての責任を十分に負わないままだったように感じました。家族は共同運営のものなはずだけど、それがあまりうまく成立していない状況がとても多いことを改めて感じていました。(……私の父も同じようなところがあったので、勝手に重ねすぎてしまっているかもしれません。)本当は子育ては親の立場が2人でも少なすぎて、大人が5人とか8人とか連携しながら子育てするくらいがいいのでは?と思うことがあります。リソースのたりない中で、弱い立場のあなたに苦痛の皺寄せが行ってしまった状況を考え、なんだか悔しい気持ちになりました。母親さんのその発言はひどすぎるものだと思います。なんでそんなことを言われないといけないのかと思うし、なんでそんなことを母親さんは言わざるを得ない状況になってしまっていたのかとも思います。いろいろと想像していると、母親さん自身が追い詰められてリラックスしていられない状況もあったのではないかと考えずにはいられませんでした。
また学校でもいじめが続く中で、あなたが安全を感じることはとても難しかった(ほぼ不可能だった)だろうも思いますし、その時代から距離を置いて、いまあなたが自分なりの生活を営んでいることにとてもほっとした気持ちになりました。ただそこまでの苦労はとても大きなものだっただろうと思うだけに、子ども時代に、そんな体験をしないで済むには、世の中にどんなことが必要なんだろう……と考えています。
自殺未遂をした頃のあなたより、いまのあなたはきっと落ち着いた日々の中にいるのかなと思います。でもいまも苦しかったり、無理をしていたりする部分がないわけでもないんだろうなとも感じました。もちろんそういう要素が0になることもないのかとは思うのですが、たくさん諦めたり、考えないようにしたりしてきたこともあったのかなと思うので、これからの生活には、あなたが心地よいと感じたり、楽しいと思ったりするような時間が増えていったらいいなと思いました。
感想1
今やっと立ち止まり、振り返る余裕がでてきた感じなのでしょうか。
私にとっては、あなたが過去のしんどかったであろう出来事を振り返り、ただただしんどかっただけでなく、その当時の自分に対してわかろうとしたり、未来に目を向けようとしたりしている部分が印象的でした。
しかしながら、そこまで到達するまでにも、色々あったのだろうなとあなたの経験談から伝わってきましたし、もしかしたら、今もまだどこかに消化しきれない何かを消化しようとしているところなのだろうかと感じました。
そんな風に考えるなかで、あなたから淡々と話された親さんの出来事、学生生活でのいじめのこと。ここには書ききれないほど、色々あったのではないかと思いました。ほんとにどれだけ傷つけられたか。あなたがどれだけ苦しかったか。「麻痺」という言葉を何度も使われていましたが、麻痺をする程までに、嫌な言葉を浴びせられ、嫌な対応されてきたのかもしれないと感じました。
その結果、幸せと感じている今でさえも、過去の嫌だったことを唐突に思い出し、しんどくなる瞬間もあるのかもしれないですし、あたかも、その過去のことのはずなのに、今起きていることのように思い出されることも多いのかもしれないと思いました。
それなのに、何もなかったように、母親さんは接してくる、そしてどんなに傷ついても、落ち込んでも、止まらない日常。あなたは、、正直、ウっとくる部分はあるのかもしれないというのと同時に、無理に自分の気持ちを整理しようとしたり、前を向こうとしたりすることもあるのだろうかと気になりました。
そして、あなたが前を向こうとしているところからなのか、ネガティブなものも、ポジティブなものも、ただひたすらに、あなたの気持ちを受け取ってみたい気持ちにさせられました。
こうやって何度も何度も言葉にする、書き出す中で少しでも、あなたの気持ちが消化したり、しんどいものの濃度が少しでも薄まったりすればと思ったので、また書きにきてくださればと勝手ながら思うばかりです。
幸運なことも不幸なことも波みたいに現れる。
辛いことはいつかきっと辛くなる時がくるのかもしれない、私もそれを日々心の支えにして生き延びていきたいと思います。
ありがとうございました。